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gakidas

gakiの戯言です

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WINGBEAT COFFEE ROASTERS
doremiの合言葉 / gaki
 Doremiがこの世に産声を上げたのは、推定1971年(昭和46年)と言われています。今から34年前、寝屋川のいくつかの企業の若者が集まり、結成したそうです。当時のメンバーは今の会員には在籍していないので、詳しいことは分かりませんが、1977年に入会したgakiの当時の聞き覚えに頼るしかないのが現状です。

 結成当時のネーミングは(コーラス どれみ)だったと聞いています。特にコーラスサークルだった訳でもないのに、コーラス=ハーモニー(調和)と位置づけ、仲間の輪を大切に、ハイキングに行ったり茶話会を開いたりする中で、ギター1本を囲んでみんなで歌っていたそうです。
 そんな中で、だんだんと歌(音楽)がウエイトを占めるようになり、ハイキングや行事が主体だったメンバーが離れていった経緯もあったようです。   
 
 結成当時は寝屋川市役所の出張所で1回50円の利用料を、ストーブを使えば1時間30円の料金を払って例会を運営していたそうです。
 今みんなが納めている会費は月500円ですが、gakiが入会した当時は月250円。会場費や今と同じように行事補助や、誕生者へのプレゼント代に使っていました。その頃喫茶店のコーヒー代が250円で、『喫茶店に一回行くお金で、月4回みんなで歌おう。』というのが入会勧誘キャッチコピー。寝屋川と言えば、当時集団就職で地方から出てきた一人暮らしの若者が多く、言わゆる雑居都市、ベッドタウンだったのです。今聞けば恥ずかしいような『一人ぼっちの青年を無くそう』を合言葉に気概に燃え、駅前で歌い、勧誘のビラまき、入会を呼びかけたのも懐かしい思いです。

 1980年に『うたごえサークル ドレミ』と改名し、1994年に現在の『サークル ドレミ』にそのネーミングを変え、既に11年が経過しています。
 前回の例会でさかもっちゃんが休会宣言をし、本当に寂しい思いをみんなしていると思います。以前から『去るものは追わず、来るもの拒まず』と偉そうに言っていますが、本来の意味は個人の意思を尊重しようと言うことで、決して来られなくなったメンバーに平然と出来るはずも無く、寂しく、残念なことであることはみんなの思いです。一日も早い復帰を望んでいます。
 又、結成当時からの『一人ぼっちの青年を無くそう』の合言葉は、何度かのネーミングの変更があっても、その本質は今も確実に引き継がれていると確信し、gakiが多く語る必要も無いことだと思っています。
  
 最近あまり使われなくなった言葉『一人ぼっちの青年を無くそう』はいつまでも語り、引継ぎたい言葉です。
No.53 - 2005/10/04(Tue) 23:55:06
個人発表に思う / gaki
gakiはなぜ野球がきらいなのか。あんまりgakidasで語ることではないような気がするが、ちょこっと語ってみたくなった。
 子供のころ、テレビ番組は楽しみの一つで、月曜の何時からは何があって、火曜日の何時は・・・・と毎日心待ちにしている番組が、突然野球のナイター中継で無くなってしまう。時には延長戦になって、9時から始まる予定のものが、平気で30分とか1時間とか、遅れてしまう。これは子供心に許せない出来事で、決して世の中野球でまわっていないのにと、深く心に傷が付いてしまったのである。

 これは第一の原因で、実は2番目の原因の方が大切で、野球は基本的には9人(18人)で行うゲームである。小学生や中学生、高校の頃、休み時間によくみんなで遊んだ、当時本当にオーソドックスな遊びだった。
 gakiは特にピッチャーが得意で(これはソフトボーツです)三振が取れる、ファーボールを出さない、と割りとみんなには歓迎されたほうではあった。しかし始めに書いたように、9人(18人)で行うゲームなので20人集まれば2人は補欠で一緒に遊べない。何もこれは野球に限った事ではないが、人数制限のあるゲームは、レギュラーにならないと遊べない。もちろん世の中競争社会で、だから頑張ってレギュラーになるんだと、みんな努力もし、必死に練習をしている。でも遊びの世界で一緒に遊べない、仲間に入れてもらえない、こんな寂しいことは無いと思った。

 社会人になりそんなことを思い出している時に、合唱に出会った。合唱には人数制限が無い。多ければ多いほど歓迎され、そのパートが充実していく。初めて一緒に歌うのに、昔から友達だったかのよう親切に音を教えてくれる。『来週もまたおいでよ』と声を掛けてくれる。レギュラー争いする事無く、自分の努力でみんなが充実していく。時にはキャンプに出かけたり、クリスマス会なんぞを企画して、お客さんを呼んだりもするらしい。gakiは急速に彼らに近づき、そのサークルの魅力にひかれた。・・・・27年前のことである。

 そんなサークルも時には個人発表会と称して一人で歌う発表会を行う。普段みんなに見せない音楽感性を披露するのだ。なれない楽器を演奏したり、まるで親の前で歌うような気恥ずかしさや緊張感、いつもはみんなの中で歌っているのだが、たった一人で演じることにより、舞台慣れの訓練や個人の力を高めていくのだという。
  
 9月25日ドレミは個人発表を行います。27年前に感動したサークルは今も健在です。普段見せないそれぞれの音楽感性を、思う存分披露してください。
No.52 - 2005/09/19(Mon) 21:06:44
おじいちゃんになりました / gaki
 2005年9月11日。Gakiにとって新しい人生のスタートとなった。自分の娘に子供が生まれ、おじいちゃんになった。
 突然結婚することが決まり、新しい息子と対面。あっという間に結婚式があり、バージンロードを娘と歩いた。大きくなる娘のおなかを見ながら、生まれてくる日を真由美と一緒に指折り数えて、ついにその日がやってきた。

 今日の朝6時ごろ、陣痛が8分おきにあり、昨晩から泊まっていた慎一君と一緒に病院へ行った。Gakiは昨晩少し飲みすぎたので10時ごろ起きると、真由美は部屋の片付けを済ませ『そんなに急がなくてもいいから』と言いながら『早く病院へ行こう』とせきたてる。
 病院に着いたのは10時40分。窓越しに赤ちゃんをじっと見ている新お父さんの姿が目に飛び込んできた。
『もう産まれたんです』『案外早かったです』と目を細め嬉しそうに話しかけてくれた。
窓越しなのでよく見えないが、真っ黒な目でまるで見えているかのように、こちらをしっかりと見ている。産まれてきてまだ30分しか経っていない新生児を見るのは何年振りだろう?

 24年前同じ病院で、娘が産まれるとき、Gakiは廊下で今まで信じたことも無い神様に祈っていた。切迫流産で何本もの流産止めの注射を打ってやっと産まれてきた娘は、幸いにも元気に育ってくれた。いくら医者が『この注射は胎児に影響の出るものでは無い』と言ってはくれていたが、本当に大丈夫かどうかなんて実際に産まれて見ないと分からない。
 産まれるとすぐに体中を見渡した。指はちゃんと5本あるか・・・など。産まれてすぐに産声を上げず、看護婦さんにお尻を叩かれてやっと泣いたのを思い出した。

 そんな娘の子供が、同じ新生児室に今ここに居る。しっかりとこちらを見つめ、時折泣き声を上げ、まだしわだらけの手を一生懸命広げようとしている。  じっと見ていると、なぜか熱いものがこみ上げてきた。自分でも何故なのか分からない。安心したのか、ただ嬉しいのか、いろんな思いがめぐった・・・・。 確かに自分の子供が産まれたときも嬉しかったが、今は又違った嬉しさがある。

 おじいちゃんになるというのはこういう事だったのかと、実際に孫の顔を見てはじめて分かったような気がした。
 多分真由美ばあちゃんも、Gaki以上に熱いものを感じたに違いない。
No.47 - 2005/09/11(Sun) 18:27:50

おめでとうございます!! / シン
昨日の食事会で『せっかくやから、40代でじいさんになりたいよね〜』なーんて事を
言っていたのが、赤ちゃんに聞こえたのかな〜?
とにかく、今は只ひたすら、おめでとう!!なのです。

ガキさん>
『人生50年!!』などと言わず、
たくましく、カッコ良い【ジ〜ジ】になってください(^_^)/

真由美さん>
素敵でいつまでも若い【バーバ】で
いてください。

ヒロカちゃん>
この間の運営委員会で僕と、やっさんが
そそくさと、帰っていったのは、
君に、とてもやさしさに包まれた母親の笑顔で
迎えられてしまってなんだか、このおっさん連中が
ドギマギしてしまったからです。
いつまでもそのやさしい笑顔を大切にしてください。

慎一君>
仕事がお休みの日に出産、本当によかったね〜
明日、浮き足だって仕事にならなかったりしたりして(*^。^*)
いつかじっくり呑み語りたいものです(^・^)

なにはともあれ、
新しい命に幸多かれ!!なのです!!
No.48 - 2005/09/11(Sun) 22:57:06

Re: おじいちゃんになりました / かいちょ
食事会で酒呑んだ時、がきさんが泊まっていくか?といってくれてそれに甘えようかなとおもったけど、なんか今日は帰ろうかなと思ってかえったやけど、やっぱり生まれたんだね。よかった!
新しい生命にあたたかいしあわせを!
No.49 - 2005/09/12(Mon) 00:07:34

Re: おじいちゃんになりました / ともりん
 がきさん、まゆみさん、慎一さん、ひろかちゃん、おめでとうございます。
 ジージやバーバよりもさきに赤ちゃんを抱っこさせてもらいました。ごめんなさいネ!がきさんのガキダスを読んだ時、そして赤ちゃんを抱っこした時、ショウタが生まれた日の事がよみがえって来ました。ひろかちゃんと出産時の事を話し、なつかしく思いました。家に帰り、ショウタと一緒に赤ちゃんの時のアルバムを見て、なつかしく思い、改めて女の偉大さや子どもを生む喜びを感じた日を過ごしました。
No.50 - 2005/09/17(Sat) 00:13:31

Re: おじいちゃんになりました / gaki
 たくさんの返信ありがとう御座います。gakidas1号を書いてから今回で22号になりますが、短い時間の中で本当にたくさんのエピソードがありました。自分の人生と重ね合わせ、子供のことや、職場のこと、ドレミのこと。
イッパイ、イッパイ22編の中に綴ってきました。
 読み返せばどれも懐かしく、その瞬間に感動した事や疑問に思ったこと、そんなことを語れる場所があること、そのことに関して語った事を読んでもらえていることが幸せです。
 
No.51 - 2005/09/17(Sat) 02:41:11
妙見山荘で心の洗濯 / gaki
 仕事が一段落して残務整理をしている時に、常務が突然声を掛けて来た。『チョット作って欲しい書類がある』 良いですよと軽く引き受けたが、『7年先のビジョンを明日、ワシが社長を含めた役員会で話すことになった。今からワシの考え方を話すから、お前も一緒に考えてくれ』と言うのである。『僕は一マネージャーでそんな先のことなんか考えていないですよ』と言うと『ワシは7年先にはもうこの会社には居ない。これから先の事はお前らが考え決めていけ』と言う。gakiが組合の代表をしている為か、以前から酒の席や、又は夜遅くの残業をしている時、その常務とは会社の将来や今の経営状態の話をよくして来た。朝まで語り合うことも度々在った。あらためて今回話した内容はgakiにとっては驚く内容ではなく、今まで話してきたことの確認のように聞こえた。
 
 3年前に新しくスタートした我社は10年先を見据えた『中長期リグロース計画』に基づき経営している。7年先というのは3年を過ぎた今、今後修正が必要か否かを確認する会議らしい。
 常務の夢(プラン)を確認しながら、自分の夢(プラン)を交えたディスカッションの30分はあっという間に過ぎ、書類の作成に取り掛かった。
 2時間程で書き上げたその書類は、一部修正を依頼されたが、ほぼ原文で採用してもらえた。

 今、娘の裕香は出産準備で我が家に帰ってきている。先日もほろ酔い気分で仕事の話をしていた。娘曰く、家に居るとどうしても仕事の感覚が鈍ってしまうと言う。そんな話をしながら、部下の育成のことや、今gakiが部下に対してどんな風に接しているか、彼らの潜在的な炭をどうすればいこすことが出来るのかを熱く語ってしまった
 自分の上司にお父さん程、熱く語る人がいないといいながら、もしお父さんが熱く語らなくなったら、その立場をリタイヤしたほうが良いと言われた。

 今、ある意味、会社の中長期リグロース計画を考え、部下に対しハッパを架け、熱く語るgakiがそこに居る。
 一方、熱帯魚をゆっくりと眺め、ログハウスでボンゴやカホンを叩いているgakiが居る。
 妙見山荘に向う車の中で将太が3億円当たったら真由美さん何に使うといった時、真由美はエステとマッサージに使うといったが、3日もしないうちに飽きるだろうと思った。
ボンゴを心いくまで叩けるのは、熱帯魚をゆっくり眺めていたいのは、無いものねだりのわずかな休息なのか・・・。
 
No.44 - 2005/09/04(Sun) 22:04:48

Re: 妙見山荘で心の洗濯 / シン
ゴチャゴチャはともかくとして、、、、、
ガキさんがおじいちゃんになった記念日は教えてや〜
みんなで【ハッピバースデ〜イ・ジ〜ジ〜】っとうたわなければいけないので、、、、
No.45 - 2005/09/10(Sat) 00:25:42

みんなで大合唱 / gaki
 ハッピバースディー・ジージーは大歓迎です。ちょうどたくろうライブの真っ最中にその日はやってきそうな気配です。たくろうにも一緒に祝ってもらえればこれ幸い。どうせなら40代でおじいちゃんになりたいな・・。
No.46 - 2005/09/10(Sat) 02:01:35
俗語は俗語 / gaki
 今年の2月6日からgakidas1が始まってから半年、今回のgakidasで20作目になる。1編平均800字程度(原稿用紙2枚)を基本として綴ってきたので、約16.000字相当、原稿用紙で約40枚の計算になる。結構自分の書いた文章は読み返す事があり、単なる日記でも無いし、私エッセイでも無い、その時々に感動したり、思うがままに乱筆している様が読み取れる。でも自分で言うのもおかしいが、読み返せば読み返すほどこの半年間の心の動揺や感情の起伏がそのまま文章に表現されており、気恥ずかしさと、我ながらよくここまで正直に語ったものだと照れてしまう。

 先日ある新聞のコラム欄に、日本語の乱れについて語っている記事を目にした。『見れない』『来れない』の文法的なおかしさに始まり、『枯れ木も山の賑わい』の解釈が『みんな集まれば楽しい』と思われている。と言う。

 言葉は時代とともに進化し変化し、不必要な言い回しは簡略化され、時には学生言葉でシャレッケいっぱいの俗語で、暗号の様に自分達だけに通じる言葉遊びに興じるのも良しとしよう。俗語は俗語文化でありgakiも否定はしない。
 専門用語も俗語であり家具業界でもしかり、様々な業種で一般社会では使われない言葉を使い、合理的に運用している。

 俗語を無理やり解釈し、一般社会に持ち込むマスコミの異常さと、一般社会では不必要と思える学生言葉、専門用語をまるで一般言葉のように紹介し、その言葉を使う事がステイタスのように記事にし、俗語を知らないことを愚弄しているかのような世の中にしていることに腹立たしさを覚える。それ以上に腹立たしいのはそれに惑わされ、『現代言葉』と勘違いして、必死についていこうとしている年配者、若者に、失望してしまう。

 『枯れ木も・・・・・』は言うまでも無く、枯れた木でも山に趣きを添えるくらいの役に立つものである。つまらないものでも無いよりはましである。の意味である。
 コラムに書いてある様に、今、世の中みんなの解釈が間違っているとは思わない。しかし短絡的に語意を自分勝手に解釈し、本来の意味を間違って理解する無知と、俗語を必死に追いかける姿は悲しいと言わざるを得ない。それにもまして、間違っている事に気づくチャンスにもめぐまれない事が残念である。
 
 gakidas20を投稿するに当たって、言葉の大事さと日本語の繊細さを改めて実感し、今後の投稿に生かしたい。
No.43 - 2005/08/15(Mon) 00:07:44
心はペルー・リズムはアフリカ / gaki
 月に2〜3編gakidasを書いていると、『落書帳に書くことが無くなるよ』なんて言われますが、話したい事、語りたい事が枯れることは無いような気がします。  

 掲示版に書いたように、24日京橋の楽器店にカホンを見に行きました。予約していたものは、弦が無いタイプで、値段も高く確かに乾いた良い音はしたのですが、カホンのイメージは弦の響きがgakiの耳にこびり付いており、値段の安い弦のあるスタンダードの『ARCO SW50』を購入しました。

 もともとカホン(cajon)はペルーの植民地時代に黒人奴隷の黒人音楽から生まれた楽器で、ペルーの黒人音楽には欠かせない躍動的で明るいアフリカ的なリズムは、聞く人の心を虜にする魅力とともに、カホンの存在を強烈にアピールしていると言われています。この楽器を始めて見た人は小学校に置いてあったゴミ箱とそっくりなので、とても楽器とは思わないでしょうが、太鼓の使用を禁じられた彼らが生み出した、素晴らしい楽器だそうです。
 
 実際に家に持ち帰り早速叩いて見ましたが、ドラムのスネア、バスドラ、コンガ、・・・それ以上に叩き方によっては、創りが素朴な分いくつもの音を表現できる、とても奥の深いパーカッションだとすぐに分かりました。でも1辺30センチ、高さ45センチの木の箱は(まして後ろには、いかにもここからゴミを入れてくださいと言わんばかりの穴が開いており)どうしてもゴミ箱にしか見えず、心入れ替え1時間あまりCDにあわせ叩いて見ると、心はペルー、リズムはアフリカとどんどん深みにはまっていくではありませんか。

 インターネットで検索すると、教本や実際のデモリズムが紹介されており、チョコット叩いただけのビギナーのgakiには新鮮で、さらに奥の深さを思い知らされました。 

 やっさんからは『自分で作りーや』と言われていましたが、確かに作ろーと思えば作れないことは無い、素朴なゴミ箱ですが、今は作ることにエネルギーを使うのではなく、パーカッショナーとしてエネルギーを注ぎたい心境です。

 さかもっちゃん、素晴らしい楽器を紹介してもらってありがとう。
 
No.41 - 2005/07/25(Mon) 22:29:06

いえいえ / さかもっち
お礼なんて・・・。これで例会がまた充実しますよね。とっても楽しみな楽器ですが、はじめgakiさんに「カホン」紹介したとき「なにそれ!}って言ってたひとがよく調べましたね!さすがgakidasと言わせてもらいましょう!公民館でゴミ入れられませんようにお祈りしております。アチコチそのへんに置かないように!
No.42 - 2005/07/28(Thu) 00:28:59
60点主義に疑問 / gaki
 月に4回は出したいと思いながら、なかなか思い通りにならないのが計画で、別にかまけている訳でもなくテーマが無い訳でもなく、7月2回目のgakidasは趣味の話でもしますか・・・。

 以前doremiで、今ハマッテイル事やそれぞれの趣味を順番に書き綴るコーナーのようなものが設定され、gakiにもその順番が回ってきた。当時パソコンを購入し、試行錯誤をしながらその世界に一時没頭するような事もあったので、普通であればその事をストレートに「今ハマッテイル事」として書き綴ったら良かった事を、今ハマッテイル物に限定はしたくなかったし、そのコーナーではパソコンのことは一切触れなかった。
 
 天邪鬼と言われるかもしれないが、自分が本当に没頭している事や、真剣に取り組んでいる事、ましてや練習している姿は願わくは、見られたくないし当時その姿は自分にとっては恥ずかしい姿としか思えなかったのである。
 
 gakiの中に60点主義の考え方がある。60点と言うのはそれぞれ考え方や、感じ方は違うと思うが、及第点ギリギリの取り合えず人様とそつなく付き合え、こなせ、その場の雰囲気に馴染める技量だと思っている。当時『若者』と呼ばれる人達の出来ることは何でもしたかったし、ビリヤード・スキー・スケート・ボウリング・卓球・麻雀・TVゲーム・アウトドア・ギター・バンド・パチンコ・ピアノ・車・テニス・素潜り・ローラースケート・スケボー・(*?#)・・・
等ここには書けない事も含め取り合えず60点、もしくはそれに匹敵する点数を取るために人知れず練習したものである。(ゴルフは別物です)

 趣味を聞かれストレートに答えられず、自分の本当の趣味をマトモニ答えられず、60点を取るための60点主義の成れの果てとも言うべき自分を一瞬見たようなそんな気持ちで『doremiの今ハマッテイル事』に向ったのであった。

今でこそ建築施工管理技師の試験の事や、部下の育成、仕事の悩み、家族の事、等をこのgakidasを通じ今自分が真剣に取り組んでいることを正直に話している。人の出来ることは何でも出来ないと気がすまなかった時期から、今自分が自信を持って出来ること、驕ることなく着実に色々なことを積み重ねていくこと、60点ではなく確かな目標を持つこと、そんなことを気をてらう事無く正直に話せる、そんな今の自分が好きである。
No.40 - 2005/07/23(Sat) 03:29:42
ウルルンに思う / gaki
 テレビで放映されている番組で『ウルルン滞在記』というのをみんなは知っているだろうか?
 ある時は未開のジャングルの原住民と、ある時は伝統あるヨーロッパの民家へ、と世界中にホームステイする番組である。gakiは結構この番組が好きで、殆ど毎週見ているが、ふと疑問に思うことが見えてきた。何も番組の企画にイチャモンを付けるつもりは無いが、必ずホームステイの最終日に、そのホームステイのタレントが号泣するのである。もちろん受け入れ元の家族も号泣し、それがこの番組の『売り』でもある。
 何気なく番組を見ていると、号泣する姿は共感を呼び、なれない生活の中で、一生懸コミュニケーションを取ってきた彼らの心の叫びでもあり、別れを惜しんで涙するその姿に視聴者は一喜一憂するのである。
 疑問と言うのはその号泣する姿が本物なのか、演技なのかと言うところである。
 
 先日久しぶりに中国に出張した。今まで月1回ペースでの出張が、今年2月に出張して以来4ヶ月ぶりのことである。この4ヶ月のブランクは一つに、日中関係の中国の日本批判に端を発した一連の、一部暴動に他ならない。会社から『中国出張は緊急以外自粛しろ』の業務命令が発せられ、ようやくこの6月に解禁になった為実現した出張である。
 今回の出張で、やはり中国側から今の中国の行動を日本人はどう見ているのか、どう感じているのかと言う質問が多かった。gakiは親善大使ではないので日本を代表した答えは出来ないと言いつつ、このことで日中関係が後退することは無いことを伝え、靖国問題についても国内で議論していること、靖国には『東条』も『ひめゆり部隊』の彼女らも祀られていること、何が正しく、何が間違っているかしっかりと語り合わなければならないと話した。
 その日の夕食は、取引先の社長とその奥さん、奥さんの妹さん、いつもの通訳の人、が集まってくれた。実は社長の奥さんの妹さんは、通訳のフィアンセであり来年結婚すると言う。ビジネスの食事にこのようなメンバーが集まるここは殆ど無い。通訳の彼もフィアンセを紹介することに戸惑いはあったと言うが、あえてgakiに紹介してくれた。
 
 中国に来るようになって1年あまりの月日がアットいう間に過ぎ、たくさんの事を話してきた。話したと言っても身振りや、殆ど通訳を介しての会話であり、伝えきれない感謝の念、言葉で伝えられない感情、思いは、はがゆさで一杯である。
 人のこころの温かさや思いは言葉が通じなくても充分伝わってくる。でもそれを言葉に表せなくて何とか表現しようと思うとき、涙でしか表現出来ないことを知った。

 『ウルルン滞在記』の彼らの涙は本物である。
No.37 - 2005/07/04(Mon) 01:00:22

真面目に返信 / さかもっち
伝わらないから涙でしか・・・。そうなのかな〜って思う。ウルルンではないけど個人的に僕はキャンプなど子供達を引き連れたり、子供達のイベントを企画したりするなかでキャンプにしろイベントにしろ終わった時は凄く寂しさが込み上げて来ます。子供達との別れ際はやっぱりグッとくるものはあります。親子以上に年の離れた他人の子たちなのに凄く愛おしく思ってしまい感激と寂しさとスタッフとして無事に子供達を引率できた安堵間なんかが交錯するなか次ぎ何時会えるのかなって思うと涙が出そうになってしまうのです。子供達と次ぎの約束が出来ないのはウルルンにもいえるのではないでしょうか?彼等は仕事として行くのだけど、1週間共同生活すればコミュニケーションは自然に図れていくでしょう。以前聞いた事がありますがあの番組に通訳は常駐でなく殆ど居ない時のほうが多いらしいです。そんな中の別れに「次ぎ」の約束が出来ない出演者にとっては辛い部分もあり加えて1週間という時の流れがセンチメンタルな気分になって涙という表現になってしまうんだろうなって思って観ています。gakiさんとはチョット違うかもしれませんが、涙が本物だというところは同感です。
No.38 - 2005/07/04(Mon) 23:23:17

Re: ウルルンに思う / gaki
 さかもっちゃん返信ありがとう。gakiは3日の日曜日『向井亜紀』原作の『16週』と言うというドラマを見ていました。やっと赤ちゃんが出来た喜びと同時に子宮癌が発見される言う実話のドラマです。

 最近ちょっとした出来事にも涙腺が緩み、特に娘のことや赤ちゃんの事、人の心に触れるテーマにはやたらと涙が出てしまいます。

 涙する姿は本来恥ずかしいことではないのですが、やはりドラマを見ながら声を出して泣くわけにも行かず参ってしまいます。

 拓郎の歌の歌詞にも『人の心は暖かいのさ』と言うのがありますが、さかもっちゃんが言うように人の心に触れる事は素晴らしく、又別れは純粋に寂しく辛いものです。

 最近特に涙もろいgakiです。
 
No.39 - 2005/07/05(Tue) 23:13:28
ネクタイは敬意の表れ / gaki
 一人の部下が酒の席でからんできた。『今の会社でネクタイは必要なのか』という。一昨年前に会社編成があり、対外的な営業活動は基本的に行っていない状況で必要ないというのである。gakiは一部営業も行っており、得意先の訪問者を迎えたり、突然見積もり依頼で営業に出かけたり、時にはクレームで頭を下げに行くこともあるので、その部下はgakiに付いては必要だろうという。
しかしgakiの上司は営業に出かけることもなく、得意先からの訪問者も無い中で『ネクタイ』は権威の象徴としか写らないのである。
 
 先日シンちゃんがヒロカの結婚のお祝いに我が家を訪ねてくれた。白ネクタイに黒のモーニング、ピカピカに磨かれた黒の革靴姿に、驚きとあまりにも形式的な挨拶に思わず笑ってしまった(シンちゃんゴメンナサイ)決してシンちゃんの言動や、姿格好が変だったのではなく、シンちゃんのその姿は全身で祝いの気持ちを表現してくれていた。今までに最大限の敬意を受けたことが無く又、ここまで正式に敬意を払われると照れくさく、もう笑うしかなかったのである。
 
 姿格好で人の値打ちは決められるものでは決して無い。しかし服装で敬意を表現することは出来る。喪に服するときは黒のネクタイ、喜びのときは白のネクタイを誰もが締める。
 ネクタイは相手に敬意を払うために締めるものだと思っている。管理職という立場は、人に命令したりお願いしたりする職業であり、ちゃらんぽらんな姿格好で従事する職業ではない。部下に敬意を払い、職人を尊敬し、業務に一生懸命取り組んでいる人達に敬意を払う気持ちがネクタイを締めさすのである。
 彼の言う『権威』の象徴では無いことは明らかだし、もし『権威の象徴』として締めているのであれば大きな間違いである。
 
先日の銀婚式の外食はネクタイを締めて出かけた。その前のクリスマスのデートもネクタイを締めていた。
 誰の為に締めていたのかは言うまでも無い。我、妻の為である。
No.36 - 2005/06/19(Sun) 23:13:00
学生気分です / gaki
今日、1級建築施行管理技師の学科試験が終わりました。学生時代の『中間試験』や『期末試験』が終わった時のような、どこか晴れ晴れとしたそんな心境です。

今年の2月10日に『今年は本気で』と4ヶ月前に決意し再チャレンジのこの試験は、この資格が会社に無いと、建築一式工事で4500万円以上の工事を下請けに出せず、特に国や公共団体から元請として受注が出来ないとあって、何処の企業も必死に取り組んでいる国家資格です。

 試験会場には一見して建築現場の番頭さんと分かるような人や、大手ゼネコンの現場監督、工務店の社長、又その幹部と思しき人達などその筋の同類項の人達がひしめき合っています。そんな中gakiの成果はと言うと、欲目の自己採点段階でボーダーラインギリギリかな、チョット危ないかなと言うところですが、7月15日の結果発表までのお楽しみと相成りました。

 結果も分かっていないのに先の話をすると、この学科試験が通ればさらに実技試験があり、体験記述論文や論文形式の学科試験が待ち構えています。この年になると記憶力が低下し、さらに厳しい試験にチャレンジすることになります。いつも偉そうに『前を向け』『自分の炭は自分で扇げ』と言っていますが、なかなか辛い物があります。

 今回、この試験のための講座を受講しているときに感じたのですが、講義中は当然携帯電話の電源は切るように指示が出ているのですが、やはり何人かは電源を入れています。(もちろんマナーモードです)講義中に現場から指示を求められ、部屋を飛び出し、職人さんに指示をしている姿を何回も見ました。講義中なんだからと割り切って電源を切ればいいものを、どうしても割り切れない責任感と、自分が現場を作っているという自負のようなものを感じずにはいられませんでした。建築内装業というのは深夜の作業が多く、講義中の居眠りは日常茶飯事ですが、講師の先生もその辺は理解されており、『よし10分ぐっすり眠ったらがんばろう』と励ましておられました。ほとんどの人が自分のお金で受講から受験まで負担をしチャレンジしています。

気難しそうな茶髪の兄ちゃんも、話しかければ笑顔でハニカミナガラ試験結果を語ってくれました。

 現場を、自信を持って納め、仕切っている彼らにこそこの資格をあげたいものです。
No.35 - 2005/06/12(Sun) 23:35:22
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