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gakidas

gakiの戯言です

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WINGBEAT COFFEE ROASTERS
孫の成長 / gaki
 昨年9月に3人目の孫が生まれた。一番上の孫の、初めての小学校の運動会の帰りに、ワイフと一緒に病院に寄ってみた。

 生まれてまだ1日、体重3024グラム、身長47.5センチの元気な男の子だ。娘に抱くように促されるが、2番目の孫が生まれて4年になる。抱き方を既に忘れたのか、自分でもぎこちないのが分かる。・・・でもすぐに感覚が戻り抱いてやると、時折薄目を開けじっとこちらを見ている。汚れのない真っ黒な瞳で見つめられると、まるで心の中を全部見透かされているようで妙に恥ずかしい。・・・おまけにサービスで泣き声も披露してくれた。
 今はこんなに小さくても、7年も経つと今日の運動会のように、元気いっぱい走りまわり、自分の頭で考えチームとして行動し、そして達成感をも共有できるようになる。そんな姿を見ていると人間の成長のすごさを感じた。そして今ここにいる事、それを見守っている自分がいる事、そんな自分は本当に幸せ者と実感した。

 暮れには娘夫婦と孫たち3人が里帰りしてくれた。いつもは2人だけの生活が一気に7人の賑やかな生活になった。9月に生まれた三男も生後3ヶ月。まだ寝返りはできないが、元気にずっと手足をバタバタと動かしている。そばには長男と次男が寄り添い、頬にキスをしている。やさしく本当に仲の良い兄弟に育っていることが嬉しい。

 もちろん長男と次男はよく些細な事で喧嘩をする。ある日公園でサッカーをしている時、次男がシュートしたボールを長男がキーパー役でボールを手で止めた。すると「お兄ちゃんずるい、ボールを手で止めた」と大泣きの喧嘩が始まる。4歳の次男にはまだルールが分かっていないのだろう。弟が何に怒っているのかが分かった長男は、何度も何度もシュートを成功させてやり「30点も取れた。スゴい!」と仲直りを自分で工夫していた。
 
 相手がいくら不条理でも、年上としてやらなければならないことをちゃんと分かっている。日常の孫たちの行動に感心すると同時に、新鮮な気持ちで自分の日頃の行動を反省した。
 そして今、近隣諸国間で起こっている様々なイザコザや不幸な出来事を思った。・・・きちんと孫たちが知ったら一体なんと言うのだろうと・・・・?
・・・・大人として恥ずかしい気持ちでいっぱいになった。

 子供の澄んだ真っ黒な瞳。元気いっぱいに走りまわる姿。ゲームも遊びも真剣そのもので、喧嘩もその真剣さゆえの事。

 自分もそんな時代があったはずなのに、随分と忘れてしまった事がたくさんあるような気がする。孫たちを見ていると、いっぱい忘れてしまった大事なものを、少しずつ思い出させてもらったような気がした。
No.168 - 2013/01/10(Thu) 17:33:32
娘にエール / gaki
 見覚えのある差出人から1通のはがきが届く・・・差出人「はやと」の名に違和感を覚えながら、ワイフの説明を聞く。
 今通う幼稚園で作ったという、「おじいちゃん」「おばあちゃん」宛の敬老を祝しての孫からの手作りメッセージカードだという。
 とっくに49歳でじいちゃんになっていたのに・・・そしてそれがうれしくて気恥ずかしくて、チョット自慢で・・・
 そんな自分がいたはずなのに「敬老の日のお祝い」などといわれると、「誰のこと?」と、白々しくうれしい反論に和む二人の夕食・・・

 ・・・そして今日、大きなお腹を抱え娘夫婦一家がgaki宅を訪ねてくれた。臨月というのにいたって元気!「赤ちゃんメッチャ大きいねん、今日病院で見てきた」と自慢そうに話してくれる小学1年生の孫。・・・間もなくして少し照れながら、恥ずかしそうにgakiに一通の封筒を渡してくれた。
 「おじいちゃん」「おばあちゃん」へと書かれた、その素朴なメッセージカードは手作りの飛び出す仕掛け、「先生にも手伝ってもらった」という力作はなかなかの出来ばえだ。 二人の孫からのメッセージカードにgakiはあえなく至福のノックアウト。

 そんな上機嫌の夕食に、「ひと段落付けて」と娘の言葉。「7」と「57」のローソクが立ててあるケーキが登場してきた。ちょうど今日は孫とgakiの一週間遅れと一週間前倒しの誕生日。そういえば5年前にも孫と二人でピースサインをして、50歳違いの誕生日を祝ってもらった。
 そんなことを思いながら、今年も指で「7」を自慢げにかかげ、誕生祝の記念写真のフラッシュを二人で浴びた。

 一段ランクして孫たちは床につき、少し娘と話す時間が作れた。今日の嬉しい出来事、これからの生活のこと、・・・そして少し昔のこと。
 gakiはある時期娘と絶縁状態になったことがあった。些細な注意から始まり、良かれと思って話した事なのに、何ヶ月もの間最悪の状態になってしまった。gakiは父親として当然の言葉と思っていたのに、実は娘にとっては長い年月トラウマにしかなっていなかったことを聞かされた。「正しい」とは何なのか?教育、しつけとは何なのだったのかと思い知らされた。

 今、娘は二人の子供を育て、新しい命を宿し、・・・そして昔のトラウマをゆっくりと父親に語ってくれた。その姿は圧倒的な自信と覚悟と、そして少しの不安をgakiの前に示していた。

そんな娘を見ていると今のgakiに出来ることはたった一つと思えた。

「一人前と認め心からのエールを送ること」それに尽きると・・・
No.165 - 2012/09/22(Sat) 13:07:53

Re: 娘にエール / simizu [ Mail ]
谷垣さん 清水です。
早速見ましたよ。またブログを読んでから返信します。
No.166 - 2012/10/18(Thu) 20:20:07

Re: 娘にエール / gaki
清水さん、早速見て頂きありがとうございます。
大変うれしく思います。

これからもよろしくお願いいたします。
No.167 - 2012/10/20(Sat) 12:45:16
一つの区切り / gaki
 2005年2月から、ドレミホームページの1コーナーに投稿させてもらっている「gakidas」は、先月で119作目となった。実に7年と4ヶ月分の戯言が綴られ、1作約1000字から1200字程度。原稿用紙にすると約360枚にもなる計算だ。
 書き始めたときはこんなに続くとは思っていなかったが、ある時期から一つの思いが募ってきた。200作を書いた時点で、「gakidas100選」を本にしたい。そんな思いが日に日に大きくなっていった。
いつになるかは分からないが、今まで通り自分のペースで、何か心に残ったことや、感動したこと、新しい発見、時には不条理なことに怒りをぶつけたりとか・・・そんな戯言を200作書き続けようと思った。
そして100作目になったときに、少しセレクトしようと読み返していると、どの原稿もたくさんの思い出や思いがイッパイ詰まっていてとても選べないことに気が付いた。

「それなら全作本にしよう」と方針変更することにした。

 実は本にしようと思ったのは、gakidasの読者でもある母にプレゼントとして渡したかったからである。
 gakiが小学生のころ作文が苦手で、よく母に作文の書き方を教えてもらった。はじめて海へ行ったときのことを作文に「海の水は辛かった」と書いていると、「どれ位辛かった?」と聞かれた。「すごく辛かった」というと、それなら「海の水は辛かった、すごく辛かった」と書けばその辛さが人に伝わりやすくなる、と教えてくれた。そしてその作文を先生が誉めてくれたことを今でも覚えている。
 母も京都新聞のコラム欄にたくさんの原稿を投稿してきた、文章を書くのが好きなひとりなのだ。

 gakidasの原稿を読んだ感想をメールで送ってきてくれていた母も、最近は視力がかなり落ちてきた。今注射や目薬で何とか視力を保っている現実がある・・・。
メールを打つのもだんだんと大変になってきたようで、原稿を読むのにも時間がかかるらしい。そういえばもう82歳か・・・・・・。

 全作を本にしようと思った理由に母の年齢と、目のことがある。 とてものんびりと200作までまっていられないと、区切りの120作に決めた。
やっさんも印刷や製本で協力してくれるとの事で、頼もしい限りだ。カットや写真なども入れ自叙伝としても残したい。

 この原稿は「らくがき帳」用の原稿なのでgakidas120にはカウントしないが、いよいよ次の原稿が一区切りの原稿となる。
 まだ何を書くかは決めてもいないし、いつになるかも分からない。でも新たな感動が120作目をきっと近々書かせてくれると楽しみにしている。

            ドレミ「らくがき帳」より
No.164 - 2012/07/08(Sun) 11:41:44
最高のチーム / gaki
 「第6回さだ若葉まつりの、副実行委員長をお願いできませんか?」と、さだ生涯学習市民センターの担当の方から声を掛けて頂いた。
 そう言えば「まつり」には初回から関わっているものの、運営側の「長」の役割は担ってこなかったことに改めて気が付いた。

 さだ公民館が開館したのは今から26年も前のこと。ドレミの本拠地として新たに活動し始め、利用者主催の「まつり」をやりたいとの思いからプレ企画のイベントも行い、5年越しの1991年に第1回の「まつり」にこぎつけた。
・・・それから早いもので通算21回目を迎え、ドレミはそのいずれにも関わってきた。

 そんな中での今回の役目。「人から頼まれた時が旬」と思い即決で引き受けた。・・・・gakiが新たな集まりに参加するとき、いつも心に決めている事がある。「今回のこのチームは、今までで最高のチームになりたい」と思うことにしている。gakiの思う「最高」とは、みんなが楽しめ、平等に意見が言え、納得し、何らかの特徴を持ち、それが誇れる。・・・・そんなチームのことかな?

 昨年の12月に利用者懇談会の中で、実行委員会の進め役である「企画部」のメンバーとして紹介され、約半年先の「まつり」に向けてのスタートを切った。
 第一回の実行委員会に向け集まった6人(職員の方2名含む)でテーマを絞り、今回の特徴を模索した。そして昨年の反省を踏まえ、さだの子どもたちと大人が一緒に楽しめる「まつり」にしようと方向付けた。
「子どもたちが楽しめる物って何かな?」「縁日のような雰囲気にしたい!」「スマートボールはどうかな?」「どうせ作るなら巨大スマートボールにしたいな!」「ダンボール迷路は?」・・・・・次から次へとイメージは膨らんでいく。
「ミニステージはどうかな?」「親子で楽しめるストリートパフォーマンスのような」・・・。

・・・時間を忘れみんなが会議を楽しんだ・・・

 第一回の実行委員会で各部門をまとめてくれる「チームリーダー」3人を迎え、さらに「企画部」はパワーアップしていく。そして完成した大型スマートボールが披露され、実行委員会全体が「まつり」のイメージを大きく膨らませた。
今回新しく企画されたイベントや準備に今まで以上の多くの要員を必要としたが、実行委員会の方々による協力で目処もついた。・・・いよいよGo!

「まつり」は2日間とも子どもたちの歓声が響き渡る、過去最高の参加人数で無事に終了した。

「まつり」が終わっても「何か離れがたい、いつまでも語っていたい」、今回もそんな思いが残る「最高のチーム」に関われたことが嬉しい。
No.163 - 2012/06/10(Sun) 15:13:22
新しい出会い / gaki
 2010年3月に採用された市の臨時職員登録も、今年3月で期限を迎えた。選挙管理委員会に始まり、農政課、そして今回の美術センターと3つの職場を経験させてもらった。
 特に今回の美術センターは市民の方々と直接係わる「窓口対応」がその主たる業務となった。今までとは違い、センター利用者のさまざまなニーズや疑問にその場で対応して行く。さらに利用しやすい環境のサービスの提供も求められる、そんな職場だ。
 「臨時職員」のネームプレートは付けてはいるが、そんなことはお構い無しの質問に初日から向き合う事になった。(1年生の甘えは市民には通じない)

「センター利用の手引き」「業務マニュアル」、美術センター独自の「陶芸用の窯の取り扱い」、「過去の行事記録」「過去のクレームと対応」「業務日誌」そんな書類や資料を、時間があれば読みあさった。
電話に出ても、聞きなれない団体名や部署名、業者名が耳に残らない。復唱しながら耳を慣らし、昔培った営業マナーで話をつなぐ・・・・。そんな日々が続いた。

一ヶ月が過ぎたころ、職員の方から「窓口に出てもらうと安心できる」「市民の方が落ち着いて話されている」「電話のやり取りも参考になる」などの言葉を頂いた。「ドレミ」の活動も話していたので「センターの流れも理解してもらっているので、とても助かる」との言葉も頂いた。
企業やドレミでの経験が少しは役に立ったのかな?と少し照れたがうれしかった。

時間の経過と共に、利用者の方々との自然な会話も楽しめるようになった。時には在職時の、先に退職された部長から利用者として話しかけられたり、懐かしいサークルの方に出会ったり、前職場の職員の方が地域活動で現れたりと、そんなサプライズが度々出現した。
個展の主催者との会話や「利用者バザー」でのやり取りなど、新しい出会いや発見に充実感も感じられるようになった。

職員の方々とも気さくに話せるようになり、「さだ祭り」で平面レイアウトを実行委員として描いているとの話をしたところ、是非このセンターの平面図を描いて欲しいと頼まれた。「フェスタ」のレイアウトに使いたい、今まで欲しかったが誰もチャレンジできなかったと、熱い思いを語られた。
少しでも役に立ちたいとの思いで取り掛かったが、残された時間はわずかしかなかった。窓口対応の空き時間を見つけては、館内の隅々まで実測を行った。そして誰もが後々使えるようにとExcelで図面化し、最終日にようやく完成することが出来た。

3ヶ月という短い就労時間だったが、市民や職員の方々と深く係わり充実した時間を送ることが出来たと思っている。・・・・いつも思うことがある。自ら心を開けば、必ず新しい出会いと充実感はやってくると・・・

そんな新たな気持ちで、臨時職員登録の更新を行った。
gakidas No.118
No.162 - 2012/04/09(Mon) 00:55:18
花瓶 / gaki
高さ52cm×幅27cm×奥行20cmの大きな花瓶が目に止まった。gakiが今務める市の美術センターで、年1回行われるセンター利用者による作品バザー出品の一つだ。どっしりと腰を落ち着かせ、素焼きの素朴さと暖かさを醸し出していた。

 gakiが物珍しそうに眺めていると、製作者から「これは焼き締めという焼き方で焼いたんですよ」と説明を受けた。
 「焼き締め」とは釉薬(焼きあがるとガラス状になる上薬)を使わず素地のまま高温(1300度)で焼き上げる技術だそうだ。電気窯で焼くのではなく、薪やおがくずで3日3晩かけ焼き上げると素材に付着した灰が溶け、ガラス質に変化し釉薬の代わりとなるのだという。
 薪やおがくずの種類、炎と風の流れ、天候、湿度、土の混ぜ合わせ等で灰の付き方が変わり多種多様の表情に仕上がるのだと聞かされた。
 内部には水漏れを防ぐため、釉薬が施されている。「どの様にして狭い口から塗ったのですか?」とたずねると、「重たい花瓶を振り回して・・・」と、gakiより年上とお見かけするその女性は苦笑された。

表面の模様は釉薬で描かれているが、素朴感を出すためにテカらない釉薬を使用しているとか・・・・そんな一つ一つの説明に作者のこだわりや思い入れそして作品への愛着が、焼き物の知識の乏しいgakiにも熱く伝わってくる。

 「気に入った」と購入を決めると、気に入ってもらえた人の所に行くのが一番嬉しいと、売約済の札を貼られた。その時の嬉しそうな表情と、手放す寂しさのような表情が印象的だった。

 人が人と出会う時、そこにはいつも新しい発見がある。知識や技術などの勉強させてもらったり、人柄に触れ優しい気持ちにさせてもらったり、経験したことない世界を見せてもらったりなど、一人一人の様々な人生や人生観、そして価値観に驚き感動さえすることがある。
 今、そんな絵画や工芸、陶芸などを楽しまれている様々な方とコミュニケーションを取れることが本当に楽しく、幸せな空間で過ごしていることに気がついた。

 今回のバザーは東日本大震災復興支援の一環として取り組まれ、売上の一部を義援金とすることになっていた。バザー終了後、gakiが購入したブースの方が出された義援金があまりに多いのでたずねると、「売上金の全額を寄付したい」とのこと。
 「自分の作品でお金をもらう事はできない」と言われた。せめて材料費や交通費など実費は貰って下さいと言う思いを告げたが、聞き入れていただけなかった。

 その方の自分の作品に対するポリシーと、復興支援に寄せる強い意思を感じずにはいられず、ありがたく感謝の気持ちで受け取らせて頂いた。
 今、そんな一人一人の思いが市に集まり1年間で合計9500万円以上になったという。

・・・・一刻も早く有意義な使い方をされることを心から願った・・・・
No.161 - 2012/03/20(Tue) 22:54:59
瞳の奥に / gaki
    
あなたの瞳は 今 何を見つめているのだろう
ゆらめくキャンドルの その後ろで
きらきらと輝く あなたの瞳

         あなたの見つめる その夢を
         僕も共に見てみたい

あなたの瞳は 今 何を見つめているのだろう
ゆらめくキャンドルの その灯りに
静かに祈る あなたの瞳

         あなたが祈る その夢を
         あなたと共に叶えたい

やがて新しい年が訪れる・・・そして みんなの夢が
全ての人に届けられる事を 信じてやまない 

 今年もドレミクリスマス会のキャンドルサービスで「ポエム」を語らせていただくことになった。2009年のクリスマス会から始めたこのポエム。最初は今まで経験の無いこの作業に随分と戸惑った。「えらいこと言うて、引き受けてしもたなあ」「ポエム」など一度も書いたことの無い自分に本当に書けるのだろうか?と

 最初は響きの良い言葉を、クリスマスにちなんだ単語を片っ端からかき集めた。でも何もつながらないし、ポエムと呼べるものには到底届かないどうしようもない単語の羅列・・・

・・・そのときいつも書いている「gakidas」のことがふと頭をよぎった。「何もきれいな言葉を並べるのがポエムじゃない。いつものように1200字の思いを書いてみよう」と思った。

 人はクリスマスで何を祈るのだろう・・・・・。どうして人はクリスマスにロマンチックな気分になるのだろう・・・・・。大切な人とキャンドルを見つめ、そっと寄り添いそしてお互いの価値観を共有できた時、本当に奇跡が起こるかもしれないと思えるのかも知れない。
大切な人の瞳の奥にきらきらと輝く希望の光を見つけたとき、共にその願いを叶えたいと思うのは、ごくごく自然な感情として現れるのだろう・・・。

 ポエムにはストーリーがあり、熱い思いが凝縮された小説なのかも知れない?と。

そんなことを思いながら今年も語りたい。
No.160 - 2011/12/14(Wed) 00:22:25
ステージ衣装 / gaki
「お父さん、帽子はもう少し斜めに深くかぶって!」「シャツはロールした方がいいよ!」「マフラーよりネクタイの方がいいかも!」・・・・・・・

 好き勝手なアドバイスが夕食後の一時を賑わす。・・・来週、エフエム枚方とK-CATが共同で提供するイベント予選「Music Battle」にドレミが参戦する事になり、そのgakiの衣装に娘夫婦が事細かにチェックを入れてくれる。

 夕食で娘夫婦と一杯飲みながら、相も変わらずいつもの調子で来週のイベントのことを話しているうちに、準備している衣装を披露したくなったgakiは早速着替えを済ませ、自信たっぷりに皆の前に颯爽と現れた。

 「イケテル」親父のつもりが、やはり若い夫婦にはイマイチだったようで、冒頭記載のコメントが矢継ぎ早に飛び込んできた。

 ・・・・・・親父のステージ衣装に、色々とアドバイスしてもらっている事自体が照れくさかったが、それよりも衣装を披露している自分が不思議で、ましてや真剣にコメントしてくれている二人がもっと不思議に思えた。そしてそんなgakiに付き合ってくれている二人が妙に嬉しかった・・・・・

 ジッペイの提案で「モノトーンでキメよう!」と話し合ってから、自分なりにイメージを膨らませショップを物色し始めたそんなある日、サスペンダーを選んでいるgakiに店員さんから声を掛けられた。
「結婚式か披露宴に御出席ですか?」
「いや、そうじゃないんです。イベントのステージ衣装の小物にしようと思って・・・」
「ステージってカラオケですか?」
「いや、いや、そんなんじゃなくてライブがあるんです・・・」
(なかなかイメージが伝えられなくて・・・・どうでもイインジャナイと思っていると)
「音楽のコンサートか指揮者かそんなんですか?」
(モウホットイテクダサイヨ、サスペンダーカウノニソンナリユウガイルノデスカ?)
「いや、いや、そんなんでもないんです」
「でも、素敵ですね!」
・・・・・何が素敵か分からないまま、自分の気に入った商品を購入した・・・・・

衣装というのは本当に難しく、自分がベストと思っても十人十色というのか、万人がOKと思うファッションなんてなかなか見つからないのが現実だとは思う。
でもそんな中で、今回の「Music Battle」では照れずに大胆に、自分なりの個性を思いっきり表現して欲しいと思っている。
ステージ衣装を楽しむのもドレミの醍醐味かな?と、そんなおもしろさを発見できた「Music Battle」の前哨戦である。
No.159 - 2011/09/30(Fri) 02:31:23
てんびんばかり / gaki
「真実は一つなのか 何処にでも転がっているのかい」

「一体そんなものが あるんだろうか 何も解らないで僕はいる」

乾いたハーモニカのイントロで、静かに語りかけるように23歳の青年がギター1本でポツリポツリと歌いだす・・・・・お互いの、主張の違った立場から見た事実を淡々と10分以上歌い語り続けるレコード。
 
1975年に発売された河島英五が歌う「てんびんばかり」を久々に聴いてみたくなった。gakiが初めてこの曲を聴いたのは、今から30年以上前なので彼がこの曲を作った年齢とほぼ同じだと言う事にも気が付き、そんな思いで改めて聴いてみた。

 ・・・今、「東北地方太平洋沖地震」が起こってから4ヶ月が経とうとしているのに、震災関連法案さえ決まらず、会期を延長しても空転が続き、「被災地と被災者そっちのけ」で、与党も野党も党利党略をむき出しにした議論の国会中継がテレビで毎日流れている。
 ニュース番組でも、「政策論争そっちのけ」で、新しい首相が決まればまるで政治が変わるかのように、次期首相に焦点を置いた司会者のコメントが続く・・・ さらに被災地の現状を報道する番組は日に日に減少し、街では義援金の募金活動も、募金箱に義援金を入れる人もめっきり少なくなったように感じる。

 そして・・・自分自身も当初行った募金も支援物資の提供も最近行っていず、宮城県産の野菜と九州産の野菜が並んでいると後者を選んでしまう、そんな自分が居る・・・

・・・明日の見えない被災者の状況は何も変わっていないのは解っているのに・・・

「誤魔化さないで そんな言葉では 僕は満足出来ないのです」

「てんびんばかりは 重たいほうに 傾くに決まっているじゃないか」

「どちらも もう一方より重たいくせに どちらへも傾かないなんておかしいよ」

久々に聴く「てんびんばかり」はすごく新鮮で、初めて聴いた時のクドサなど少しも感じなかった。それどころかまるで酒を飲みながら、夜が明けるまで延々と哲学を語りあっているようなそんな気にさえなった。
23歳のgakiには見えていなっかた事が彼には見えていたのだろうか?

河島英五がこの世を去って早10年が過ぎた。もし彼が生きていれば、今の日本の両極の真実をどんな歌詞で語ってくれるのだろうか・・・・
No.158 - 2011/07/02(Sat) 02:01:17
心を開いて / gaki
 昨日3冊の「らくがき帳」を預かった。2003年4月から2011年4月までの8年間、延べ137名が書き綴っている。そのいずれもがドレミのみんなに心を開いた1ページ1ページと思え、懐かしく、時には心の優しさに涙を流し、そして微笑ましく時を忘れ一気に読み返した。
 
 前回2009年11月に書いてから1年5ヶ月ぶりに紙面に向かう事となったが、少し今の自分を書き綴りたい。

2008年7月に退職してから2年9ヶ月、もすぐ3年目を向かえようとしているが、在職時に後回しにしてきた色んなことを今、経験させてもらっている。
 健康や家族の事、色々な資格に取り組み勉強もやり直した。そんな中昨年の10月より市役所の臨時職員として勤め、課として新しく取り組む事業を最初から担当させてもらった。
 のぼりやビラ、ポスターなどのデザインに意見を取り入れてもらったり、農家の人たちと一緒に汗をかきながら、イベント用の大根を2000本以上運んだりもした。イベントの最中に突風にあおられるテントをみんなで必死に押さえたのも貴重な思い出となった。
6ヶ月の契約期間を終え3月31日に職場を離れたが、「仕事って面白い」と久しぶりに思えた半年だった。           

期間終了の日には職場の方々が年度末の気忙しい中、送別会を行って下さった。
わずか半年間ではあったものの職場の仲間として温かく迎えてもらえた事、いくつかの仕事を任せてもらえた事、時には厳しく、そしてやさしく対等に接してもらえた事に感謝の気持ちを申し上げた。
 どれだけ役に立てたか不安の中、社交辞令と分かっていてもgakiの足跡に感謝の言葉を頂き、次の職場での活躍と健康を按ずる言葉と、そして「どこかでまた一緒に仕事が出来たらいいね」と言って頂いた。
その一言一言がうれしく、本当にありがたいと思えるひと時を味わった。
・・・・・34年間勤めた会社を自ら去る時には味わうことの出来なかった達成感が、そこにはあった。

退職後の不安を抱えながらも前向きな気持ちでいられるのは、いつも自分の周りにはたくさんの仲間と、良き理解者が側に居てくれていること。そんなハッピーな仲間と良きパートナーに支えられ今の自分が居る。

 これから先のことは正直よく分からない。でも自ら心を開いて人と接するとき、いつも新しい出会いがあり、そして新しい生き方に出会えると思っている。

・・・これからも許される限り、そんなgakiでいたい。
No.157 - 2011/05/16(Mon) 09:55:13
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