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gakidas

gakiの戯言です

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WINGBEAT COFFEE ROASTERS
娘からのSOS / gaki
 夕食の準備をしていると、突然娘から電話が入った。「次男が水疱瘡で明日保育所を休まさなくてはいけない」「自分も旦那も月末でどうしても休めない」「義母さんにもお願いしたが都合がつかない」「お父さんに来てほしい」・・・そんな必死のSOS・・・

 我がワイフが20数年前に、自分の息子や娘が病気の時同じように必死に電話を方々にかけ、近所で都合がつかない時には香川の両親や、京都の父を呼び寄せていたのを思い出した。

 その当時のワイフの必死さをgakiは正直実感していない。SOSの電話を自らすることも無く自分の仕事を優先させ、顧客に万全の体制を整えている自分をアピールすることが自分としての使命のごとく思っていた。家族や家庭の事情で仕事の穴を開ける事は極端に言えば罪悪であり、生活の全てを仕事にシフトしている姿こそ優秀な企業戦士の姿と思い込んでいた。
 そして当時gakiが行っていたちょっとした保育所の送り迎えや、ままごとのような家事を回りは「理解ある夫」ともてはやし、拍車をかけられたgakiは益々いい気になっていたのだろう。・・・・・・今から思えば愚かな、恥ずかしい思い違い。・・・

 翌朝6時起床。朝食を軽く済ませ一路尼崎へ・・。二人が出勤するまでに食事や着替え、おむつや薬・・・聞いておかなければならないことが山ほどある。
 幸い道は空いていたので早めに到着。出勤までに小一時間の余裕に「えらい早いな!何時に出てきたん」と驚きとうれしさの混じった出迎えにチョッと自慢。
 テーブルの上には食事、おやつ、お昼寝、お遊びなどの一日のスケジュールやうんちの回数、おむつの交換タイミング、興味のあること、叱ること、お手伝いできること、そんな内容がぎっしりと書かれたメモがすでに準備され、その思いが読み取れる。
 簡単にメモ内容を確認し、いよいよ1歳児と4歳児のgaki一人の初めての保育実践のスタートとなった。

 10時間の保育内容は又の機会にお話しするとして、今回孫達と過ごした時間は本当に充実した貴重な時間だったと言える。
 二人はグズルことも無く、長男はその自覚の中で弟を見守り、次男は一生懸命母親から離れた時間に耐え、嫌な飲み薬にも応じてくれているように見えた。
本当に二人ともけなげで、自分の境遇を受け入れがんばろうとする姿がいじらしかった。
 夕刻母親の姿を見たとたんにあまえ泣き出した姿に、ふたりのガンバリがより鮮明に心に残った。
・・・そして20数年前の自分の行動をあらためて考えさせられた。
No.146 - 2010/04/03(Sat) 11:49:54
心からのエール / gaki
 昨年の4月から7ヶ月間の講座を受講し、受験準備を進めてきた「産業カウンセラー」の試験がやっと終わった。試験自体は準備時間に比べると「アット言う間に終わってしまった」というのが実感である。
 結果発表は3月末までお預けで、結果予想は微妙?・・・・。結果はどうあれ、全ては自分の実力なので悔いは無い。「だめなら又来年チャレンジ」と今はあまり考えないことに決めた。

 受験も一段落し、結果発表があるまでボーとしている訳にもいかないので、本格的に就職活動をスタートさせた。
 しかし現実は就職希望者250人に対し募集人数は1人しか無いという、厳しい現実を突きつけられた。求人率は0.4%だという。大量求人を行っている企業はほとんど無く、求人数は1社1人。稀に多くて2人か3人程度。分かりやすく言えば200社以上にトライしなければ就職できない計算になる。

 そんな中で今、キャリアカウンセリングを受けている。キャリアカウンセリングとは、就職するにあたり、自分の職業適性や将来などをカウンセラーと対話することによって見つけ、また心の悩みの解決などの援助や自己アピールの指導も含んだカウンセリングを言う。
 なぜ退職したのか?なぜ退職しなければならなかったのか?これからどんな仕事をしたいのか?自分の能力、適正、社会的価値や評価?そして将来像、そんな事を話している。今回の就職支援制度に応募したのは、産業カウンセラーのカリキュラムにも、キャリアカウンセリングの講義があった。今の自分にカウンセリングが必要と思い、このカウンセリングが受けられる制度だったので、迷わず申し込んだ。

 話すことにより自分が少しずつ見えてきたような気がする。傾聴してもらうことにより、心の中にある隠れた自分が見えてくる。心の葛藤や整理したはずの離職時の傷、将来の不安、そして希望、そんなものが見えてくる。
どんな人間も鉄の鎧で守られているわけでもなく、ましてや「こころ」はもろく傷つき壊れやすい。

 産業カウンセリングとは違うが、自分がキャリアカウンセリングを受け、共通しているカウンセリング「こころのケア」の大事さを改めて感じている。

  今月の食事会で、メンバーの二人がgakiと同じ講座を受講する予定であると聞いた。近くに同じ志を持つ仲間がいる事は本当にうれしく心強い。
 あれこれと講座の情報を老婆心でアドバイスしたくなったが、新鮮な気持ちで自分が感じ自分で受講スタイルを見つけることからがこの講座のスタート。そんな思いから口を閉じた。・・・二人には心からのエールを送りたい。
No.145 - 2010/02/13(Sat) 03:33:37
これからもよろしくお願いします / gaki
今回の投稿で【gakidas】は100作目となった。2005年2月から書き始め、もうすぐ5年目を迎える。1回約1200字(原稿用紙3枚)を目処に今の自分を、今感じたそのままの自分を書き綴って来た。300枚の原稿用紙(120.000字)といえば大変な枚数だが、5年という歳月が可能にした、いってみればこの5年間がぎっしりと詰まった自叙伝でもある。 
 
 もともとホームページの掲示板に、長文のうんちくを書いたのが始まりで、「たくさん書き込みたいのなら、コーナー作ってあげるよ」と、例のごとくみんなとの「徹夜トーク」の中から誕生した【gakidas】。確かネーミングは「さかもっちゃん」だったと記憶している。Web上の準備は「こうすけ」が進めてくれた。

 始めは何を書こうか、となかなか決まらなかったが「娘の結婚が決まった事」に始まり「仕事観」「人生観」「ドレミ観」「社会観」など本当にさまざまな自分を、文章というステージで表現してきた。
 今日全ての原稿を読み返した。そしてこの5年間で自分の人生が大きく変化した事実を改めて実感し確認できた。
仕事に情熱を燃やし、ドレミのメンバーに熱いメッセージを送り、戦争を憎み、子供の未来を危惧する。時には仕事に疲れ、遠い記憶を懐かしむ・・・。娘の結婚、孫の誕生に嬉しい涙を流し、父の死に悲しい涙を流す。・・・退職の葛藤で4ヶ月間投稿がストップし、そして新しい人生のスタート。新しい会員がいっぱい増え、自分の居場所としてしっかり支えてもらっている自分が今いる・・・。

そんな中で、たくさんの人達に励まされ、あるときには非難も受け、あるときは共感の拍手を頂いたりと・・・。どの言葉も大切な嬉しいコメントと感謝することが出来た。・・・しかし・・・

 文章で自分のすべての思いを正確に伝える事は本当に難しい。ある意味不可能なのかもしれないと、感じている。ちょっとした言い回しや、ボキャブラリーの未熟さから、一度発信すれば消すことの出来ない文章の怖さ。ある時には、人の心を「自分の価値観」で傷つけてしまっているかもしれない怖さ。「たわごと」と簡単に片付けられない責任も負っている。

 そんな怖さと責任を感じながら、これからも【gakidas】は書き続けたいと思っている。悲しい時も辛い時も、そしてなにより嬉しい時にこそ自分の思いを、ありのままの自分を表現したい。

 自分の思いが少しでも【gakidas】を読んでくださる方に届くなら、こんなに嬉しい事は無い。
No.144 - 2009/12/16(Wed) 23:55:07
らくがき帳より / gaki
 前回このらくがき帳を書いたのは1年7ヶ月前。その時から随分と生活が変わった。のんきに分別回収の事なんか書いているが、本当は二人でもっと大事な話をしていた時期だった。百貨店の改装工事を担当していた3・4年前から考えると、体は随分と楽にはなっていたが、精神的にはかなり参っていた。
 深夜に部下からSOSが入り、得意先からは明日のオープンに間に合わないとクレームが入る・・・。何とか切り抜けるために、早朝から必死の対応に追われる。そんなことが頻繁に起こっていた。人員不足、人材不足、教育指導不足。何もかも足りなくて、あるのは赤字の仕事と高い予算目標、そして過度の責任・・・。
確かに仕事にやりがいと面白さはあったが、過酷な労働条件に着いていけない多くの部下を失い、その家族にも大変な苦労をかけた。そして自分の命や家庭より大事なものでは無いと二人でイッパイ悩んで退職を決めた。

 それからは人生観が大きく変わった。孫の出産にいの一番に立ち会えた事や孫と過ごす何気ない時間、新しく始めた勉強や料理などの家事、家族と過ごすゆっくりとした時間、体力作りに健康管理、季節の移り変わりを身体で感じ、その美しさに感動する心の安らぎ、旅先で出会った人生の先輩達との会話、そして第二の人生目標の設定。今まで仕事のために「犠牲にする事が当たり前」、としてきた色々な事が出来る幸せを貪るように体感した。

 その中の産業カウンセラーの講座が先月で修了した。退職を決意するまでの何ヶ月間、家族以外に自分を理解してくれる上司もいなければ、gakiのSOSを真剣に聞いてくれる職場仲間もいなかった事に気が付いた。
この講座で、今の社会が作り出した構造の中で、働く人たちが苦しみ、病み、最悪の場合自殺に追い込まれる現実を学んだ。そして自分を含めた沢山の働く人たちが、カウンセリングを必要としていることも学んだ。
カウンセラーは病んだ人を治療する仕事ではない。心が病まないように手助けをする仕事だ。そして人は心から自分を受け止めてくれるカウンセラーに心を開き、自己開示することでたくましく自分で問題解決する力を持っていることも学んだ。

 部下を見捨てた心苦しさ、34年間勤めた愛着ある会社を離れるさみしさ、家庭や将来の不安。そんな不安や苦しみを抱えている退職してからの自分を、この講座でしっかり見つめることが出来、精神的にも安定させることが出来たような気がする。そしてそれは自らをカウンセリングし、マネージメントしていたのかもしれない。
決してgakiは強い人間ではない。しかしこの間ドレミを含め多くの仲間に支えられ、自分の居場所を感じ、励まされて来た事で自分を保って来られたのかもしれない。・・・

・・・退職の傷は最近やっと癒えてきたような、・・・そんな気がするようになった。
No.141 - 2009/11/23(Mon) 01:21:04

Re: らくがき帳より / LOVE
gakidasuを読んだ後の私はいつも心を改めさせられます。
小さな世界観の自分を勇気付けてくれます。
ご無沙汰だったgakidasu…退職されたことも今日知りました。

二年分を読み終えた私は号泣でした。

本当にお疲れ様でした。

いつまでもgakiさんはgakiさんでいてください。


ドレミのゆうれい部員より

No.142 - 2009/12/10(Thu) 21:55:28

Re: らくがき帳より / gaki
 LOVEさん、書き込みありがとうございます。「gakidas」を覚えていただいて本当に嬉しい限りです。次回の投稿がgakidasNO100作目になりますが、こんなにもたくさんの自分を語れたのは、返信していただける、又は「読んだよ」と声をかけてくださる読者の方々の励ましがあったからこそ、と感謝しています。

 これからも末永くよろしくお願いいたします。
No.143 - 2009/12/14(Mon) 18:56:59
みんなで役作り / gaki
 上半期の総会が終わり、新たに役を担ったメンバーを含め後半がスタートした。例会内で自己紹介をする際にもそれぞれ自覚を持って自分の役割を話してもらっている。しかし慣れない事や分からないことばかりで、「何をして良いか分からないまま時が過ぎている」というのが、本当のところではないだろうか?

 gakiが入会して初めて役を任されたのは、2泊3日の日本海でのキャンプ実行委員だった。今まで何度か個人的に数人でキャンプに行ったことがあり、多少のノウハウは持っているつもりだった。しかし、ドレミの実行委員会はgakiの予想をはるかに超え、きっちりと計画的に進められていく。そのきめ細やかな実行委員会に驚かずには居られなかった。

 食事のメニューや一日のスケジュール、現地でのアトラクションや司会進行。パンフレットや歌集作り・・・ 遊びなので自由な雰囲気は残し、ポイントとなるところはしっかりと押さえる。30名弱の20歳代の男女を引き連れていくには、それなりの計画と指導的役割がないと収拾が付かなかったからだろう。
 そんな実行委員会の中でgakiはいろんな事を教わり経験し、仲間として溶け込んでいった。・・・23歳の時だった。
 
 ドレミの運営は今もそんなノウハウを引き継ぎ、月2回の運営会議や年2回の総会、実行委員会で行事を計画し、みんなの意見や考え方で運営されている。ただ単純にノウハウを引き継ぐだけではなく、核になるものはしっかりと押さえる。その時々に合わせ、それこそアメーバーのように柔軟に運営して来たといえる。その中で本当に自分達が必要とする方法を見つけてきた。
 gakiが初めて出会ったドレミの先輩達も、そんな経験をくり返し、学び、自分達で作り上げてきたノウハウだったと想像できる。

 今、会員は30名に近づきつつある。その全員に何らかの役を持ってもらって運営しようとしている。ドレミの基本理念の「一人ぼっちの青年をなくそう」は、ただ集まり、ただ集まれる場所があればよいというものではない。その集まりの中でちゃんと自分の居場所があり、自分の意見や考え方が語れ、お互いに認め合い、そして自分の役目があるという事。それが一人ぼっちではない事だとgakiは解釈している。

 とはいってもなかなか自分の意見を言ったり、役をそう簡単にこなせるものではない。特に奥ゆかしい日本人には、難しいことだということは百も承知である。少しずつ何か出来そうなことを、本当に些細なことでも、みんなと一緒に役だけにとらわれずに見つけていきたい。

あわてず、ゆっくり、出来ることから・・・・。
No.140 - 2009/10/15(Thu) 01:22:28
充実の5日間 / gaki
「シルバーウイーク」・・。gakiが生誕して初めて経験する秋の大型連休がやってきた。「敬老の日」と「秋分の日」をはさみ、一般的なカレンダーでは5連休。この先5連休が発生するのは6年後との事。「働きすぎの日本人」を意識して諸外国へのアピールも兼ね、前政権が立案した制度だとか。

 我が家もその恩恵というか、連休を利用して孫達が帰省してきた。ある日は早起きをして「働く車」が大好きな孫を連れて、鈴鹿サーキットのイベントへ。展示されている蟹クレーンやロードローラー、シャベルカー、タンクローリー・・・。興味津々、恐る恐る車体に触れ、運転台に乗って記念撮影・・・。 
 一方では「だれの為に来たの」なんてワイフからの非難を受けながらも、併設されている当時憧れだった国産スーパーカー展示にgakiは釘付け。トヨタ2000GTやホンダS800・箱スカ2000GTなど等・・・。マニアックな説明に聞き惚れ、エンジンサウンドに酔いしれる場面も・・・。

 別の日には近くの公園でサッカーやキャッチボールにバッティング練習。砂場では汗まみれになって大きなトンネルも掘った。 
 公園での出来事、鈴鹿での思いで、お風呂での会話。ウッドデッキでのバーベキュー、ブロックやレゴ、ミニカーを使ってのごっこ遊び。そんなあっという間の4日間が過ぎた。

 gakiの誕生日が24日ということもあり、滞在期間を無理やり1日延ばしてくれた。誕生ケーキのローソクが燈され、孫たちの手形が押されたお祝いの色紙が用意されている。ハッピーバースデーの合唱はテレクササと嬉しさと、その雰囲気の中に居られる自分がとても幸せと感じられた。最近特に涙もろく、すぐに涙腺が緩む。そして、色紙に描かれた似顔絵に気が付いたgakiに照れる孫の姿に、優しさを見つけた。

 1人目の孫は今年9月で4歳になり、我慢することも甘えることも、自我を表現することもすでに知っている。
凝縮された密度の濃い5日間のかかわりの中で、色んな遊びを通じより確かな「自分観」のようなものを見せてくれた。4歳児としてのかかわりではなく、1人の人間として向かい合えた時、自分も「教えてもらえた」と思える新たな発見があり、「ドキッ」とさせられる一瞬もあった。

 これらさまざまなかかわりの出来事は、真っ直ぐに孫の脳裏に刻みこまれているのだろうと思う時、この一瞬一瞬がとても大切で、かけがえの無い時間を自分はもらっているのだと実感し感謝した。
No.139 - 2009/09/29(Tue) 21:00:48
歌はソウル! / gaki
♪Amazing grace how sweet the sound that saved a wretch like me ・・・・♪
マンションの体育館で、その日4回目のステージの冒頭に静かに流れる歌声・・・。「宝島コンサート」で知り合いになった「MAUVA」のももこさんのリクエストに答えて「Kikoさん」がももこさんの為に目の前に立って歌ってもらった曲。・・・「アメージング・グレイス」

 熱く語りかけるように顔をじっと見つめ、そしてやさしく・・・。心(魂)をこめたその透き通るような歌声は、歌いだしのその瞬間から「ももこさん」だけでなく、客席のみんなの心にその魂が深く浸み込んでいくのが分かったような気がします・・・・。
 隣に座っていたgakiの目頭からも熱いものがこぼれ落ちました。以前になんども「歌に感動した」という人の話は聞いた事はあるのですが、自分が歌を聴いてこんなに感動した事は今まで経験したことがなかったのです。
「なぜ」とかそんな理屈など要らなくて、ただ、ただ「Kikoさんのソウルに触れた」それだけで充分な気がしました。

「スペイン」という曲もリクエストに答えて演奏してもらいました。ピアノ・ベースギター・ドラムスのソロ演奏が入るノリが良くてテンポが複雑な曲です。   
それをそれぞれが本当に楽しそうに、客席の反応を感じてもらっているかのように演奏してくれます。KikoさんのMCによれば、普段の1.5倍位それぞれのソロ演奏部分が長かったそうです。

 Kikoさんの歌声も、ソロ演奏も、ステージングそのものが客席と一体になって「音楽を満喫している」と感じたのはgakiだけではなかったと思うのです。
音楽を楽しむと言う事はこういう一体感を味わう事なんだと、改めて実感することが出来ました。

 この演奏会はこのマンションで数回開催されているそうですが、いつも観客は10人程・・・開演時にはほとんど3人という状況だそうです。そんな中で心を込めて素敵な演奏をしてもらえること、本当に贅沢な、ソウルを感じることの出来る時間を過ごさせてもらっている事に感謝しています。(何か申し訳ないような、本当にもったいないと言うのが正直な気持ちです)

 コンサート終了後、しんちゃん宅にてみんなでコンサートの余韻を語り合いました。みんな何故か心が浮き浮きしているような、何度も何度も「今日は良かった」「今日は良かった」「Kikoさんはすばらしい」と言いながら、おいしい料理においしいお酒、そして何よりもおいしいのはみんなの話と余韻・・・。それを肴に幾度も杯を交わし、夜はふけて行くのでした。
 しんちゃん家には本当にお世話になりました。ありがとう!又の機会を楽しみにしています。
No.138 - 2009/08/27(Thu) 23:46:27
知覧を訪ねて / gaki
 壁一面を覆い尽くす1035名の遺影、鹿児島県にある知覧特攻平和記念館を訪ねたのは先月の6月初旬。奇しくも沖縄特攻作戦の最終日と重なる・・・・。
 だぶだぶの戦闘服を纏う笑顔の遺影。まだ少年の面影を残す彼には大きすぎる戦闘服。屈託のない彼らの笑顔、胸には誰から貰ったのか、誇らしげにマスコット人形が勲章のように輝いている。そんなたくさんの遺影(記念写真とはとても言えない出撃前の写真)と、遺書を前に絶句した・・・・・・。

 彼らが出撃前の数日を過ごした「三角兵舎」と呼ばれるカモフラージュのために半分地下に埋もれたように設置された粗末な宿舎、そこでしたためられた彼らの遺書からは、覚悟の死とは簡単に語れない壮絶な痛いほど切なく純粋で、そして矛盾と葛藤、家族と故郷を思う必死の思いが読み取れる。
 そんなどの遺書も最後には「お母さん」の言葉で締めくくられている。心の安らぎを求めていたのかなと思えるその言葉に目頭が熱くなる。辛く最後までとても平常心では読めない・・・。

 海底から引き揚げられた前部だけの零式艦上戦闘機が展示してあった。薄っぺらなアルミの機体は真二つに裂け、後部は見つからなかったそうだ。防弾設備は一切なく、性能だけを追求し人間の命を犠牲にして作られた殺人マシン。現在ではとても考えられない異常な物体として目に焼き付けられた。そして当時の国家が大事に優先していたものが見えた気がした。

 記念館から出ると、もんぺ姿の母の銅像が建っていた。像の背面には「とこしえに 母と共に やすらかに」と刻まれている。特攻の母と言われた鳥浜トメさんの像である
 そのトメさんが営んでいた軍の指定食堂「富屋食堂」も訪ねた。隊員から慕われ、家族のように暖かく彼らを迎えていた鳥浜トメさんの持っていた古いアルバムからは、ほとんどの写真がはがされていた。戦後知覧を訪れた遺族の方が写真を乞うた為だという。彼らには写真を故郷に送ることも出撃基地を知らせることも禁じられていたからだ。残っている写真は韓国や、台湾出身の方のものが多い。今も遺族の手に渡っていないことをトメさんはとても気にかけられていたそうだ。

 以前から訪ねたかったこの知覧。gakiとしてはもっと時間をかけて訪ねたかったが、たまたま同行し知り合った70歳の方は「10分で充分」と記念館を早々に退館された。身内に関係された方がいらっしゃった様で、多くを語られなかったが少し心を開いてポツリポツリとゆっくり語って下さった。「本当は語りたくない」「でも話さんとあかんのかなあ」の言葉が深く心にしみこんだ、そんな旅だった。
No.137 - 2009/07/06(Mon) 22:35:22
老兵の役目 / gaki
 以前勤めていた会社を退職したのが昨年の7月末なので、もうすでに10ヶ月以上が経過した。
 先日その会社の後輩たちが1泊旅行に誘ってくれた。在職時には定期的に食事(飲み会)をしたり、カラオケに行ったり、たまには保養所に泊まったりとプライベートでも親しくしていた連中だ。部署は営業・設計・工務・工場などそれぞれ別々だったが、一緒の物件を扱う際には部門・部署を超えプロジェクトを組む事もあった。

 飲み会の話題はもっぱら仕事の話。みんな仕事が好きで、真剣に自分たちの力で会社が変わるかも知れないと本気で考えていた。『どうすればもっとこの会社はよくなるのだろう』『中長期計画のこの部分が甘い』・・・・など経営者顔負けの議論を大真面目に、時間を忘れて語り合ったものだ。
 時には先輩後輩の枠を超え、殴り合いとまでは行かなくてもかなりバトルもした。時には酔いつぶれた後始末をすることもあった・・・・・。

 そんな連中が退職したgakiを誘ってくれる。・・・本当に嬉しくありがたい。退職後は忘年会、花見と今回で3回目の参加となった。

 久しぶりに会うと職場の編成替えや、新たな退職者の話などあまり嬉しくない情報も入ってくる。以前にもまして厳しくなった職場環境にちょっとした愚痴や、弱音も聞こえる。しかし言葉の端々に感じられる自信、相変わらず必死にたくましく働いている彼らを見ていると、割り切っていたはずなのにちょっぴり昔を思い出し、羨ましくも切ない気持ちにさせられる。

夕食後の2次会のカラオケも終わり、部屋で飲み直していると、今まで話されなかった賞与や賃金の話に発展した。働きに対しての賃金や賞与に関しては、gakiの価値観と彼らの価値観では大きな差が出来ているといってよい。今彼らの話題にコメントすることは何も無かった。・・・そんな中で彼らは話し続けた。
1時間程ただ聞き続けていたが、『そろそろ寝るね』と席をはずそうとした時、驚いたように残念そうに席をはずす事を制止してきた。
 ただgakiは聞いていただけなのに、席をはずそうとした時の彼らの行動は何なのだったのだろうか?

 仕事に関しての価値観が変わっていく中で、彼らと話す内容も変わり議論することも無くなっていくのだろう。しかし今のgakiの役割は彼らと議論することでも、リードすることでもない。ただじっと耳を傾ける、ただそれだけでよいのかもしれない。・・・・今回そんな事がひとつ見えた気がした。
No.136 - 2009/06/17(Wed) 00:14:43
ムーブ21 / gaki
 中庭の噴水が夕日に照らされ水しぶきが花火のように花開く。人工の石組みも同じように夕日に照らされ鮮やかな水面のグラデーションを作り出す。・・・水しぶきを染めていた真っ赤な夕日は、やがて地平線に沈み徐々にライトアップされる噴水。抜群の自然のロケーションをバックにオープニング曲が奏でられる。
1995年10月、毎週土曜日に行われている守口生涯学習センター(愛称:ムーブ21)の『土曜ステージ』に出演したときのバックスクリーンの風景である。

 土曜ステージは、さまざまな音楽家が日ごろの活動を発表できる場としてセンターが1Fのエントランスロビーを開放しての、誰もが出演できる1時間のコンサートとして1993年から行われている。かれこれ今年で16年目を迎えるのだろうか?

 出演者はピアノ演奏やジャズバンド、コーラス、木管楽器のソロなど本当に多彩で1時間楽しめるコンサートになっている。
特にエントランスロビーということで、出入り自由、参加費無料。いわば路上パフォーマンスの雰囲気で、常連人気バンドには100人以上が集まるらしく、お客さんの反応もとてもシビアだ。

 そんな土曜ステージに始めて申し込んだ時は、みんなハラハラ・ドキドキ。
そんな中、持ち時間の60分、20名で13曲を歌いきった。
『ドレミの音楽をどれだけ判ってもらえたのだろう?』と内心心配していたのだが、アンケートを読むと『一人ひとりが笑顔で元気に歌っている姿がとても素敵でした』『悩みが飛んでいきそうだった』『楽しさが伝わってきました』『やっぱり音楽は楽しむものですね』『一生懸命さに感動しました』『自分の生徒に見せたかった』など初ステージにしてはイッパイ、イッパイお褒めの言葉を頂いた。

翌年も出演し、それなりの評価を得たが以後10年以上出演は見送ってきた。gaki自論の『ドレミはアメーバー』は構成メンバーで色んな姿形、活動パターン、活動力を変化する存在であることは以前に話したが、この10年は違ったニーズで運営してきたといってよいだろう。

しかし今ドレミ細胞は十分に100人の観客を釘付けにできるエネルギーを蓄えつつあるといってよいのではないかと思う。 今から申し込んで来年1月。程よい充電時間、程よい練習時間。挑戦する目標としては文句なし!!!

みんなと一緒に挑戦したい・・・。gakiはそう心から思う。
No.135 - 2009/06/07(Sun) 01:44:17
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