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gakiの戯言です

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WINGBEAT COFFEE ROASTERS
ドレミ以外の私 / gaki
 今回「ドレミ以外の私」の原稿依頼を受け、趣味のことでも書こうかなと思ったが、今本当に熱中していて熱く語れる物が無く、今ひとつペンが進まない。
そこで今の自分を整理する意味からも、今後の展望について書いてみることにした。

「産業カウンセラー」と言う職業を耳にしたことはあるだろうか?
上司と部下の関係、友人関係、夫婦関係、教師と生徒関係など、様々な場所でコミュニケーションが上手く取れずに人間関係が希薄になると、仕事上でもプライベートでも能力が発揮できず、成果も上らなくなるという。
 又、ストレスの時代とも言われ、上記のコミュニケーション不足や長時間労働、過度の責務などから来る心身の変調、不調。最悪では過労自殺に到るケースが急増している。

 そんな中で、近年【職場のメンタルヘルス(心の健康)】は緊急の課題でありその重要性が認識されてきている。「心の健康づくり」のスタッフとして、職場や産業界に明るい「産業カウンセラー」が求められ、具体的には@ストレスコントロールA職業能力の維持向上B人間関係育成の為のアプローチ、などの助言、援助を行う職業で、現在全国で33.000人程が活躍している。

しかし今の自分にはその職に就く資格がなく、資格試験を受ける事も出来ないのが現状である。受験資格を得るには国から委託された機関で7ヶ月間の養成講座を受け、カウンセリング演習を中心に理論と知識を学び、修了資格認定がまず必要でそこからのスタートとなる。
働く人達に対し、研修を実施し、企業や団体に対し情報提供や改善を行うには、産業界はどうなっているのか、働いている人にどのような問題が起こっているのか、法律はどうなっているのかなど、講座だけでは到底足りない。現代社会を常に見つめ、問題意識を持ち、情報・知識を得なければならないのは当然のことである。

 自分自身も職場の中で、この制度が充実していて、もっと真剣に対応策やメンタルヘルスの相談が出来ていれば、自分も含め部下とも色々な解決が出来ただろうと思える・・・・。
その職に就くには長いプロセスと努力と情熱、そして資金も必要だが、「知は力なり」学ぶ事は面白く人生を豊かな物にしてくれる。そして病める人達の力になれるこの仕事は「第二の人生の目標として不足無し」と思え、チャレンジしたい。
No.120 - 2008/11/30(Sun) 01:30:51
FMひらかた奮戦記 / gaki
 しんちゃんが以前に出演した事のある【FMひらかた】に、「ドレミも出てアピールしよう!!」と進めてくれていたラジオ出演。11月10日(月)、ついにその日がやってきました。

11時過ぎに枚方市駅の喫茶店に集合した、しんちゃん・ともりん・gakiの3人は少し緊張気味。少し早めに喫茶店を出て、12時から局の方との打ち合わせに向います。打合せ室に入ると、いきなりパーソナリティーの北村さんから「しんちゃん・ガキさん・ともりん」と呼ばれ、どうしてニックネームを知っているのかなと驚きましたが、北村さんは事前にHPを検索して、ドレミの情報をつかんでおられたのです。さすがと感心しながら少し緊張が解け、ワクワク?しながら枚方市駅構内に在るミルキーウェイスタジオ入りしました。
 スタジオはガラス張りになっていて、駅構内からも放送状況が見えるようになっています。「動物園の檻の中にいるみたいでしょ」と北村さんから言われ、生放送と言う事を現実認識し、せっかく緩んだ緊張も再度ヒートアップ。

 「FMひらかた77.9Mz」毎週月・火・水曜日13時から15時までの「ミルスタCaféへようこそ」と言う2時間生放送番組。ドレミの3人は市民パーソナリティーとして参加し、交通情報・天気予報・ニュース・芸能などの話題を北村さんと一緒に、「喫茶店での軽いおしゃべり」のような雰囲気の中で、サークルのエピソードや紹介をさせて頂くという構成で番組は進行していきます。

マイクレベルチェックを済ませ、いよいよ本番!!テーマ曲が流れ始めます。
ここでまず驚いたのは、BGMやリクエスト曲、テーマ曲にコマーシャル、全てプログラム進行は北村さん一人でこなします。プロデューサーと思しき方から手渡されるニュース原稿はイッパツ読み。リハ無し!!さすがプロ!! 
そんな「プロ北村さん」の余裕と暖かなリードに支えられ、あっという間に2時間が過ぎていきます。発足のきっかけ、趣旨、目的、イベントの案内、活動秘話、恋愛エピソード、危ない話や将来の夢。そして会員募集。「FORTUNE」「風に吹かれて」「妙なる時に」「Gソング」の4曲も含め、公共の電波にドレミの雰囲気を余す事無く流す事が出来ました。

 パーソナルラジオ局と言えども、生放送に出演。サークルの事を殆どぶっつけ本番で話すのはヤッパリ凄い緊張でした。でも話していると緊張もほぐれ、楽しく、手前味噌ではあるけれど、ドレミって本当にいいサークルなんだなぁと、改めて実感しました。
 そして、こんな経験が出来て「幸せ者」とも更に実感しました。暖かいリード、楽しい2時間お付き合い頂いた北村さんをはじめ、計画してくれたしんちゃん、他関係者の方々に心より感謝します。
No.119 - 2008/11/30(Sun) 01:26:11
歴史そして起源 / gaki
 ドレミのインターネット上ホームページが更新されつつある。念願だった機関紙「つくしんぼ」も、運営会議ニュースもWeb上で閲覧できるようになった。
 何十年も前に「ガリ版」で刷っていた頃の機関紙とは程遠い、パソコン上で観るデーター化されたその機関紙は、美しく、見やすく、大げさに言えば全世界の人達にも見てもらえる情報源となった訳で、その責任を痛感しながらも時代の進歩に驚愕する思いと、担当してくれているメンバーに頭が下がる。

 今回のホームページリニューアル計画の中で、「これはgakiさんがまとめて」と言われていたコーナーがある。
 「ドレミって?」と言うコーナー。特に制約は無いとの事でスタートしたが、逆に何から手を付けたらいいのか、内容もしかり、漠然とした構想の、その模索から始まった。
 果たして「ドレミ」とは何なのか? まるで禅問答のような感覚にとらわれた。・・・日々の活動は「つくしんぼ」やニュース、写真が伝えてくれる・・・・。ならば・・「ヒストリー&ルーツ」。・・・gakiの方針は決まった。

 我が家の屋根裏部屋にはワイフ(gaki自身も多少は?)の性格もあり、色んな物が所狭し、と蓄積されている。基本的に「想い出」と思しきものは廃棄されることは無いのだ。そんなタイムカプセルの中からサークル結成間もない頃の、gakiが引き継いだ会計ノートを発見した。
 会計ノートといっても、そこから色んな結成時の姿が読み取れる。
「会費がいくらだったのか」「それぞれの行事に何人参加したのか」「誕生日のプレゼントに何を買ったのか」「キャンプは何処に行ったのか」「会場利用料金」
「会費の使い方」・・書き出したら限が無いくらいタイムスリップして、当時の社会情勢、物価、価値観、そしてルーツ。そんなものまで見えてくる。

 弾力を無くしたセロテープで貼り付けられた領収書は、その接着力をも無くし、印字も薄れ、茶色く変色したノートは、まるで遺跡から発掘されたかのように、もろく、触れば朽ちてしまいそうな弱々しさを見せながらも、しっかりと30数年間の歴史を誇示してくれる。・・・・時を忘れ屋根裏部屋を出たのは何時間経過してからだろう・・・・。

結成当時のgakiが知らない世界は会計ノートが。以後の記録は「つくしんぼ」が紐解いてくれる。
 今回のコーナー作成は自分の人生を振り返るような、そんな感覚の中で進められた。そして何よりも、30数年の歴史の中で常に語られた「一人ぼっちの青年を無くそう」の合言葉が、それぞれの歴史の中で見え、聞こえ、これからも語り続けられるであろう「ルーツ」となりうることを確信した。
No.118 - 2008/11/28(Fri) 23:35:28
紅葉に魅せられて / gaki
 何日振りだろうか・・・? いつものプールが休館との事もあって、近くの公園を久しぶりに歩いてみた。以前はヒマを見つけては、公園ウォーキングを楽しんだものだが、膝の故障以来、今はもっぱらプールでの水中ウォーキングが主流になっている。
 もちろん、膝の事を考えて水中・・の方が良いのは分かっているが、少しは回復もあって、やはり自然を見、感じながらの公園ウォーキングの方が魅力的である。

 今公園は見事な秋色に染まり、1時間のウォーキングを演出し、楽しませてくれる。gakiのお気に入りは「もみじ」ではなく「ナンキンハゼ」。春に柔らかな黄緑の葉を徐々につけはじめ、夏には蝉の声をバックに優しい木陰をつくってくれる。ナンキンハゼは紅葉の段階で、広葉樹独特の柔らかな大降りの黄緑色の葉をベースに、黄色からそして赤へと刹那的なグラデーションをつけ始める。
 特に今日は、夕陽が紅葉した葉を照らし、黄金色の光がグラデーションを透かして、更に濃淡を鮮やかに見せてくれる。真っ赤に染まった夕焼け空と、紅葉と太陽光が作り出す見事な自然の演出にしばしウォーキングの脚が止まる。・・・見事!!!・・・。 美しい!!!・・・・。

 サッカーボールと土を蹴る音も、キャッチボールのミットの音も、「もう御飯よ」のお母さんの声にかん高い子供の声もしだいに消え、美しかった自然の演出は、無機質な人工の冷たい水銀灯のライトアップに切り替えられる。

 美しい自然を美しいと思い、感じていられる。公園の些細な日常をほほえましく思い、何気ない事をしあわせと感じる。そんな自分が今ここにいる。
退職して、もう早3ヶ月が過ぎ、4ヶ月目を迎えている。再就職のセミナーを受講し、厳しい現実を目の当たりにしながらも、将来の夢を少しは具体的にはしてみた。少しばかりのレジャーと趣味も楽しんだ。
しかし現実社会は、新たな就職氷河期・金融不安・完全失業率の増加・突然の就職内定取り消し・・・・・。今日本のみならず、全世界的に不況の嵐が吹き荒れている。そんな世間に今生きている自分がいる。

「第二の人生設計はゆっくりでいいよ」と自分に言い聞かせながらも、公園のすばらしい自然の景色と、無機質な水銀灯に照らされた冷たい公園は同じ場所に存在している・・・・。
 そんな現実に今生きていることを、改めて自分に言い聞かせた・・・。
No.117 - 2008/11/17(Mon) 23:22:10
旅の面白さ / gaki
 北海道1泊2日の旅行。友人からチケットを譲り受けた。とある保険会社からの招待旅行らしい。2年に1度位のペースで開催されており、今回は1名のみ平日プランのチケットのため、「だれも行けなくて、子供たちも行かないと言っている」とgakiがヒマにしているのを知ってのプレゼントのようだ。

 先日、「どこか良いところは無いか?」と国内旅行のツアーを見ていると、殆どが2名からの募集で、単身のツアー参加は募集していない。もちろん規格品のツアーなんかに申し込まなくても自分で宿を取り、スケジュールを立て、切符を買えば旅はできる。
 むしろそのほうが自分の行きたい所や、タップリ時間をかけて見たい所に重点を置いた本当の「旅」と言えそうだ。しかし、旅行会社の力はさすがで、料金は個人で行くとかなり割高。個人旅行の交通費で、ツアーだと宿代もペイ出来るほどだ。・・・そんな事を考えながら「一人旅」とはどんな旅になるのか、等と思案中のグッドタイミングのプレゼントに感謝し、「お試し旅行」としての参加となった。

 集合場所に行くと想像していたように、参加者はみなシニアの方々。それも女性が大半だ。ツアーは定期的に行われている為、一種同窓会の様をかもしだし、若干の疎外感を感じての出発となった。
千歳空港からバスに乗り込み昭和新山へ、洞爺湖から宿泊する登別のホテルに着いた。部屋割りが発表され4人部屋、同室の方々は二周り程年上の大先輩。自ら口火を切り自己紹介を行った。これがこの旅行第一声・・・。一緒に露天風呂へ、夕食は50数名が一同に会する大広間・・・。

 食事をしながら同室の方々の話を聞くと、有名電気メーカーの海外指導駐在員をされていた方、大手証券会社の役員をされていた方、今でも現役の農業をされている方との事。人生の経験談から始まり金融業界の裏話、武勇伝、老後の楽しみ方、gakiの退職後のアドバイスまで、楽しくバイタリティー溢れる話を聞かせて頂いた。駐在員をされていた方は、マレーシアとアメリカに10年近く駐在、退職後は1人でグランドキャニオンに行かれたとか。一人旅の面白さも教えてもらい「行ける時に行け!」と背中を押された。・・・話は尽きず、部屋に戻ってからも杯を交わしながら、深夜まで4人で話し込んでしまった。
 
 旅は、景色や自然、遺跡などの観光はもちろんであるが、それにもまして新しい人との出会い、そこから始まるコミュニケーション。・・・当初の疎外感を
微塵も感じさせない、旅の面白さを満喫できた思い出一杯の2日間となった。
No.116 - 2008/10/20(Mon) 21:43:39
バトンタッチ / gaki
 携帯電話が鳴った。「今、天王寺の駅なので6時半ごろに帰ります。」ワイフからの帰るコール。今までは携帯電話が鳴ると、「またトラブルか?」と戦々恐々としたものだが、今は孫や娘からの誕生祝の電話や、友達からの遊びの誘い、旅行の計画、インターネットで注文した商品の確認や、届け日の連絡。どれも楽しいものばかりだ。
 以前の電話でももちろん嬉しい電話もあった。部下から「無事に現場終了しました。特に問題ありません。お客さんからも喜んで頂きました。」夜中の2時、3時。ほっとして床に就く・・・・・。

 退職して約2ヶ月をむかえようとしている。退職したらあれもしたい、これもしたいと気になっていた家の中のプチ改装。たまの休みにチョコチョコとしか出来なかった事を一気にやった。ままごとのような料理や掃除に洗濯。生協の注文も楽しい・・。痛めていた膝のMRIも撮り直した。医師の指導の下、水中ウォーキングから、公園ウォーキングも少しずつ調整が出来るようになってきた。おかげで体脂肪とやらも少しは数値を落としはじめた。

 今まで家族や家庭、子育て、健康、それらは全て二の次。仕事が最優先の生活を送ってきた。それが良いと信じて、それが正しいと信じて必死に立ち向かっていた。殆どの時間を仕事に使い、まるで麻薬のような充実感と、やりがいを貪っていたのかもしれない。
 そんな生活から一転して、価値観が随分変わった。今まで正しいと思ってきたことが実はそうではないことが・・・。

 退職の話を親や兄弟、親戚、友達など色んな人に話したが、誰もがgakiの第二の人生にエールを送ってもらえた事、そしてうらやまれた事。最後にはワイフの理解に感謝するよう強く戒められた事。
 人生の中で、こんなに自由で時間にゆとりのある時はたぶん今しかない。みんなが言ってくれるように、今gakiは本当にラッキーな時間をもらっている。誰でもが持てる時間ではない大切な時間を大事に使おうと思っている。

 人間ドックで精密検査も良いだろう。旅に出るのも良いだろう。音楽を聴くのも、本を読むのも、勉強も良いだろう。しっかり心と体の基盤を作り直したい。
 古いgakiの心の炭は、今新しい第二の人生の炭にゆっくりと火を移し始めた。

 ・・・「ゆっくりでいいよ」・・・と念を押しながら・・・。
No.115 - 2008/09/25(Thu) 22:27:43
第二の人生に向けて / gaki
 2008年7月31日、入社以来34年4ヶ月勤めた会社をgakiは退職した。今までこの紙面を使い『熱く自分の情熱の炭を扇げ』『仕事は面白いと思え』と語ってきた。それなのに何故自分から辞めたのか?

 5年前我社は大きなリストラを行った。gakiは14名のメンバーで構成される予算と工場全体をコントロールする新しい部署に配属された。旧体制から見れば人員は約半数、業務内容はプラスされている。
 それでも好きで入った会社、好きな仕事内容、充実感も達成感もあった。確かに深夜に及ぶ業務、休み返上、家族との計画もままならない。それでも『熱く自分の情熱の炭を扇げ』『仕事は面白いと思え』と必死に駆け抜けてきた。

 部長の肩書きで、課長、係長兼任。人材不足に拍車をかけ5年間で5名が業務ストレス、過労から退職し、申し出により3名を他部署に移動。穴埋めに臨時採用、工場からの人員移動を行ったが、ベテランを失い半数を新人で切り盛りする日々。
見積りも、図面の読み方も、業者との折衝方法も、工程も分からない異常とも言える新人員構成の中でも彼らは必死について来てくれ、深夜・徹夜の現場にも愚痴一つ言わず出向いてくれた。そんな部下が可愛くて自分も頑張れた。

 ある現場で部下が大きな赤字を出してしまった。まだ採用2年足らず、やっと業務内容が分かりかけ任せた物件。本人のチェックミスもあるが自分にも見抜けなかった責任がある。しかし途中採用の嘱託社員だった彼に対し、会社から契約解除するよう言われた。本当に辛い気持ちの中、部下に退職願を書くよう促し、9人目の部下を失った。
 まだまだこれから教えたい事、育てたい思い、充分な盾も槍も持たせてやれていない中でのミスに対する会社の方針。
  
 会社としては、絶対に赤字を出すことは許されない事は百も承知。しかし異常とも言える人員構成が物語る業務の中、自分の構想、具申が受け入れられず、これまで自分がやってきた事、会社の為になると思ってきたこと、そんなことも受け入れてもらえなくなっていること、・・・ならばどうするか・・・。

 人生の中で、色んな困難に立ち向かいながらもそれを克服し、一つの仕事に情熱を注ぎ続ける事はすばらしい事だと思う。しかし、それはいろんな意味で健全である事が条件であると思う。決してgakiの心の炭は消えてはいない。
 燃え尽きて灰にならない内に、次の人生に懸ける火種としたい。
No.114 - 2008/09/03(Wed) 10:51:28
仕事冥利 / gaki
 『椅子の修理をして欲しい』突然電話が入った。30年ほど前に我社に製作依頼し、購入した椅子との事で、傷んできたので修理をお願いしたい。近くの家具屋さんに頼んでも良いのだけれど、実際に製作してもらった処に依頼したい。との電話である。
 かなり昔の事なので、インターネットで記憶を頼りに検索されたらしく、gakiの部署にたどり着くのに相当の時間を要したと切々とお話になられた。
 
 電話では要領を得ないので、早速ご自宅を訪問した。
ご依頼主は80歳を過ぎられた方で、設計者の名前もはっきり覚えておられ、設計者は既に我社を定年退職された大先輩と確認できた。
 部屋には、椅子の他、サイドボード、食器棚、テーブルなど一連の家具が納められ、全てこの家の為に設計デザインされた特注の家具で、大きな震災にも耐えお気に入りの愛着ある家具と嬉しい説明を受ける。

 たしかに椅子は長年の歳月のご使用により接合部が緩み、背板が破損し、そのままご使用になるには危険と判断できた。
 しかし、丁寧に愛着を持ってお使い頂いた家具は、ご説明の通り、震災にも耐え、この家にマッチし、当たり前のようにご主人と同じ時を過ごしてきたのだと容易に推測できた。

 ご依頼の椅子は、楢材を贅沢に使い、背板は曲げ加工がしてあり現在新規に制作すればかなりの金額になると思えた。
 修理を行うにも、プレスの型板を製作しなければならず、市販の規格品を購入する何倍もの費用になることをご説明した。

 ご主人も建築の設計を手がけられていた方で、プレスの型板が必要な事もご存じ、修理費が大きな金額になることも理解しての依頼と一喝された。

 修理の為のお引取りの時は体調を崩し入院中だったご主人も、修理完成日には退院されており、納入された椅子にまずgakiに座って欲しいと促された。
 
30年間の思い出話、愛着ある家具の自慢話にあっと言う間の時間が過ぎる。本当に大事に扱われてきた家具が又息を吹き返し、新たな時間をご主人と同じ時を過ごす・・・。
 何度も何度もお礼を言われ、自分よりも長生きする家具であると、誇らしげに語って頂いた。・・・・・仕事冥利に尽きる一時であった。
No.113 - 2008/04/30(Wed) 00:07:18
父からのミッション / gaki
 仏教では49日、神道では50日祭、いずれも故人を偲ぶ大きな最初の区切りの催事です。我が家は神道なので、今日、3月29日に亡き父の50日祭をとり行ないました。忌明けでもあり、又父の信仰する宗教では『死』を出直しと言い、ただ悲しみに伏せるのではなく、新しい出直しのスタートとしての祭りでもあるそうです。

 この間約1ヶ月半、疎遠だった父の生まれ故郷の親戚の方々と多くのコミュニケーションを取ってきました。いや、色んな事を教えてもらわないと何一つ分からない、何をすればいいのかさえ分からない、が本音です。法律とかルールはもともと人間が考え出した、その土地の『掟』です。葬儀のルールは正に、その土地の『掟』だと実感しました。

 この地ではおよそ30年前までは土葬の習慣があり、墓堀を町内総出で行っていたそうです。故人の家から棺を担ぎ、行列を成してお供え物等運んだそうです。今回納骨にさいしても、先祖の墓地に行き、父のお墓の場所決めから始まり、納骨の前日に親族の方々と一緒に墓堀を自分達でおこないました。

 納骨と言えば、お寺さんに骨壷を持っていけばそれで終わり・・・、の感覚でいたgakiにとっては、自分で墓穴を掘り、自分で墓標を立て、骨壷を埋め、又、墓石を建てる時には自分でその骨壷を再度掘り出し、新しい墓石下にお骨を納める。
 
 そんな事が当たり前で、この地ではそれがルールで、誰も何の疑問も無く行われています。
 
 今自分が住んでいる枚方市では、きっと自分で墓穴を掘り墓標を自分で建てるなんて事は無いのではないかと思います。すべての事が簡略化され便利だと思わされている事が、実は色んな事を代行業に頼り、自分の親の墓を自分で掘ると言う、考えて見れば至極当たり前のことが当たり前でなくなりつつあるここに疑問を感じてしまいました。

 たしかに専門業者に頼めば、それなりの費用で、今回gakiの行った、又遠からず日に行うべき作業はいとも簡単に終わってしまうのかも知れません。
 でも、本家・親戚の方々と一緒にこの間交わしたコミュニケーションと、一緒に行った一連の作業は、この地の方々との距離を急速に縮めるに必要な、父からのミッションと受け止めます。
No.112 - 2008/03/30(Sun) 15:23:02
オヤジの死・・お袋への手紙 / gaki
 喪主を務め、喪主とは本当に大変な役目と実感しました。本当なら、悲しみにただただ涙していたいのに、色んな事に気を使い、段取りをして行く・・・
 それが世間の付き合いだと思えば納得できる部分と、そっとしておいて欲しい部分と複雑な気持ちです。
 ただ、お節介と思えるほどの組内の方々の御心使いは、この地に生きていく上でとても必要で、この土地ならではの風習は受け入れざるを得ず、オヤジを無事に見送れたのは、その方々のお陰と、感謝しています。

 棺の蓋が閉じられる前にオヤジのほほに触れました。本当に氷のように冷たく、その瞬間オヤジの死を実感し、その事実を受け入れずにはいられない現実を知りました。
 俺達家族にとってオヤジはどんな存在だったのか? 一人の人間としてどんな存在だったのか?いろんなことが思い出され、こらえきれず声を上げて泣いてしまいました。

 やっぱり俺にとっては優しいオヤジであり、今家具の世界に生きているのも、オヤジと一緒に夏休みの工作を作った時のもの造りの面白さを教えてもらったからだと思っています。
そして朝早く(4時頃)起き、東福寺に地ゼミを取りに行ったことや、桂川に魚釣りに連れてもらったことや、天の橋立での海水浴や網野町でのキャンプ、バンガローに泊まったり、夜店につれてもらった事、枚方パークや有馬温泉の家族旅行など・・・
 又、オヤジは姉さんとはあまり仲が良かったとは言えないものの、エッフェル塔を夏休みの工作で一緒に作り、市レベルの表彰をもらった事など、思い出は尽きません。

 今の自分に親として、どれだけ子供たちと共感できる思い出があるかなど、比べようもありませんが、思い起こせば、やはり優しい、良いオヤジだったと思えるのです。

 オヤジとは居酒屋へ一度だけ飲みに言った事があります。 就職してすぐに寮に入ったので、久しぶりに帰って来た時に祇園辺りに連れてくれました。馴染み?の店だったようで、マスターにしきり『自慢の息子』とはしゃいでいる姿が忘れられません。恥ずかしくて、照れずにはいられなかったことが思い出されます。

 今の俺には虫歯も無く、チョット位の徹夜や、深酒も、体力的にはオヤジからもらったDNAのお陰で仕事に励めています。オヤジからもらった本当に大切なDNAです。
本来もっともっと自分を大事に生きれば100歳と言わず、もっともっと長生きできたはずと思う時、早すぎる死は残念でなりません。

 オヤジからもらった大切なプレゼントは本当に大事に使い、オヤジの分まで生きたいと誓いました。
No.111 - 2008/02/26(Tue) 22:45:15
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