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gakidas

gakiの戯言です

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リーダー NEW / gaki
 我が家の近くにある、公園にウォーキングに出かけたのは何ヶ月ぶりだろうか?以前は仕事の合間が結構あって、健康管理も考えよく公園で歩いたものだ。でも最近はありがたいことにあまり仕事が切れず、歩く機会もしばらく遠のいていた。
 最近はもっぱら手頃な室内ジョギングが主流で、景色を眺めることなく黙々と「足踏み」運動が主になっている。万歩計を確認し、妙な達成感に満足していた。
 今年の8月に今の契約期間が終了し、本来であれば、公園ウォーキングを再開する予定ではあったが、しばらく趣味の「家の改装」構想がいっぱいたまっていて、そちらが優先となり公園再デビューはおあずけになっていた。
 家の改装工事は一段落したものの、新たなミッションが発生した。原稿用紙50枚程度の、コラムを執筆することになってしまったのだ。追々そのことは書かせてもらうが、今日はその気晴らしに、公園ウォーキングに出かけ、そこで目にした素敵な光景についてお話したい。

 公園は秋の素敵なグラデーションに彩られ、風が心地よい。子供たちの歓声も素敵なBGMに聞こえる。・・・何気なくグランドを見ると、10数人の小学3年生ぐらいの子供たちがサッカーをしている。その中に気になる一人の少年がいた。彼は普段あまり動かず、みんなの動きを見ているようだ。そしてここぞという時に、軽快なドリブルで数人を抜き去りシュートを決める。そのテクニックはそのグループではピカイチだ。
 そうこうしていると、ゲームの途中でチームの入れ替えが行われた。その時その少年は自分のチームを集め、ミーティングを始めた。会話は聞こえないが、ゴールキーパー、その他のポジションを決め、それなりの作戦を指示したように思えた。相手チームにミーティングの様子は見られない。ゲームが始まると、やはり彼は全体の流れを見ている。先ほどと同じように、ボールをもらうと軽快なドリブルでゴールを決める。

 ゲーム途中で喧嘩が始まった。その時彼は同じようにその行先を見届けるかのように動かない。しかし追いかけられた子が捕まった時、彼は割って入った。そして一人を少し離れたところに連れて行き、何か話している。その後離れた場所で何か話された子がもうひとりに謝った。そしてまた何事も無かったかのようにゲームが再開した。

 ゲーム途中に女の子が、お菓子を持ってきた。多分リーダー格の彼に渡したかったのだろう。でも彼は照れくさそうに断り、他の子が受け取った。
 そのお菓子を、彼をかこんでみんなが食べる。いつも彼の周りにはみんながいる。
時にはお茶目で、恥ずかしがり屋で、時には喧嘩の仲裁もできる。そんな彼は人気者でいつもみんなの中心にいる。
 ゲームに興じる彼らに、帰宅時間が来たことを知らせるマイク放送が流れた。その時彼はみんなを呼び集め、みんな揃って帰宅準備を始めた。彼らの乗ってきた自転車はキチンと公園の入口に駐輪してあった。(マイク放送で帰宅したのは彼らだけだった)

 小学3年生と思しき彼の行動は、とても爽やかで、リーダーとはこういうものだとあらためて思い知らされた。そしてそれが新鮮で心があらわれたような気持ちになった。本当に素敵なドラマを見せてもらったような、そんな気持ちでいっぱいになった。
No.191 - 2016/11/16(Wed) 00:20:13
見える化 / gaki
 「最近読んだ本で、心に残っている本は何?」
ドレミのある会員から尋ねられた。そういえば最近「本」読んでいないなぁ・・・・。そんな自分が少し恥ずかしく感じた。早速翌日、我が家の本棚を眺め直した。「うちの家には結構たくさんの本があるなぁ」・・・・。gakiの本は少ないが、ほとんどの棚をワイフの本が占領している。でも自分では購入しない違ったジャンルが楽しく、たまにその中から取り出しては読んでいる。
今回目にとまったのは早稲田大学院教授、経営コンサルタント会社のローランド・ベルガー取締役会長でもある遠藤功著書の「見える化」。現役時代、課長に就任した際に上司から勧められた本だ。一度読み終えてはいるが、現役を離れた今もう一度読み返したくなった。
 今、ニュースで取り上げられている「築地市場の豊洲移転問題」「オリンピックの予算大幅超過問題」。ETC・・そんな問題を見ていると色んな意味で「見える化」の大切さを思い出したからだ。
 
 そもそも「見える化」とは「可視化」「目で見える管理」といった言葉でも使われるが、要は様々な活動の様々のものを「見える」ようにする試みだと書かれている。それは現場力の中核をなし、整理、体系化すれば現場力は格段の強化に繋がるという理論だ。
 ここで大事なのは「見えて」いるか、「見よう」としていたか、「見せよう」としていたかだ。ただ単に見えるようにしただけでは何も変わらない。そもそも人間の心理からすると隠れているもの、隠しているものは見せたくない、見られたくないものだ。「見えている」と思い込むのではなく、「まだまだ見えていない」と考える、主体的な意志が必要でそこからがスタートになってくる。

 では次に「問題」とは何なのか?一般的には本来の標準や基準と、現実に起きている姿のギャップを言う。でもその標準が曖昧だと現状を問題だと感じない、基準の不整合は問題の解決を妨げる大きな要因になってくる。日常業務をこなすだけでなく問題を当事者として解決しようとする強い意志、柔軟な頭脳が必要になってくる。問題解決ができる組織を作るのは「問題設定能力」を磨くことであると書いている。現状に満足せず新たな問題を自分たちで設定する力こそが、強い現場力であり強い組織なのだ。

 とは言っても人はマイナスの問題を表に出したがらない。問題発見は異常を感じた個人に委ねられるが、解決は決して個人で背負う必要は無い。チームで知恵を出し合い対応策を施す。その体質、約束事(ルール)は絶対に必要であることは言うまでもない。「見える化」について、この紙面ではまだまだ書ききれないことがたくさんある。続きを次回もう少し書いてみたい。
 
 元々「見える化」は企業向けに書かれたものだが、今ニュースで取り上げられている「公的機関」の様々な「問題」も「見える化」によってほとんどが解決できたような気がする。
 国や自治体はそこに生活する国民や市民の生活そのものを左右する組織だ。「問題設定能力」「現場力」を高め、チームとして問題解決ができるそんな組織であってほしいと切に願う。
No.190 - 2016/10/02(Sun) 23:59:57
今の時を楽しむ / gaki
 「gakiさんの趣味は?」と尋ねられたら、今なんと答えるのだろう?・・・ちょっと前なら「バンド活動」「手料理」・・・もう少し前なら「スイミング」「ウォーキング」と答えたかな?
 もっと前なら「スキー」「車いじり」なんて答えていたかもしれない。ひょっとすれば「ビリヤード」「読書」なんかも候補にあがったかもしれない。

 「合唱」は23歳の時、四部合唱、コーリューブンゲンや指揮法、慣れないチャレンジに週2回、7ヶ月間鴫野の音楽センターに皆勤で通ったものだ。これも趣味の一つかな?
 高校生の時、1ヶ月間北海道旅行をした際にメインで宿泊した「ユースホステル」でのミーティングで、ヘルパーのお兄さんが弾いていたギターがかっこよくて始めたギターは、ずっと友達。「カホン」に出会って9年、こいつも趣味というかギターと同じで一生の友達!

 ドレミのHPでは「徹夜トーク」なんて書いているが、還暦を過ぎるとなかなか厳しいものがある。でも決して候補から譲ることのできない、大切な趣味の域ではあることに間違いは無い。(こいつは体力が続く限り一生続けたいな〜)

 中学生までさかのぼると、「剣道」「プラモデル」なんてものも出て来るかな?特に航空機には夢中になったものだ。「卓球」「バトミントン」なんかも一生賢明練習した日々が懐かしくさえ思える。そういえばローラースケートなんかもいっぱい怪我しながら練習したな〜。 そうそう「キャンプ」の声を聞けばいつでも子供心に火が灯る。

 と、いっぱい書いてきたが、今一番の趣味と言えるのは、「家の改装」・・・直近では「和室の小上がり」。以前から掘りごたつが欲しくて、床を上げることでようやく実現することができた会心の作と言っても良いと思っている。天井、壁、畳の表替えなど業者の方の力もお借りして、トータルでようやく完成させることができた。ベランダの人工芝への改装も随分手間がかかったが、出来栄えには満足している。

 現在進行中は、「物置部屋」。半年間温めてきた造作工事だ。元々gakiの得意は家具。正直前回の和室の造作は未体験の領域。少しの不安があったものの部屋の中なので、家具的な要素と造作工事のミックスで、ある程度の予測と計画は出来た。・・・しかし

 今回の「物置部屋」は正真証明の造作工事。屋根や床、壁は外部なので、雨や風に耐えなければならない。屋根の勾配や、トイの位置。コンクリートを使って土間の束石のレベル調整、屋根の上に上がっての工事。安全面も重要になってくる。いろんな未知数がてんこ盛り。
 
 今日、屋根と床の基礎工事が完了した。試行錯誤しながら工事にかかって明日で1週間が経過する。床を仕上げ、次は壁面工事と扉の取り付け。外部が完成すると、最後は得意の
内部の棚工事になる。
 
 少しずつ、少しずつ頭に描いた設計図通りの「物置部屋」が姿を現してくる。慌てることは無い・・・ゆっくりと、ゆっくりと今の時間を楽しみたい。


                 
No.189 - 2016/09/07(Wed) 00:50:04
みんなの力で / gaki
 今年の1月に実行委員会を立ち上げた「第10回さだ若葉まつり」が幕を下ろした。5月21日(土)〜22日(日)の二日間、枚方市立さだ生涯学習市民センターで開催され述べ1500人の来場を記録したお祭りだ。
 「doremi」としてこの25年間(24回)関わってきたものの、gakiが実行委員長を引き受けたのは今回が初めてのこと。
 ずっと実行委員長は断ってきたが、今回は「シオドキ」というか・・新しく「館」の体制が変わり、今まで通りに進めるのは非常に難しいと思ったから敢えて引き受けることにした。
 決して奢りからではなく、新しい館の体制の中で、少しでも次に繋がる土台を作っておきたかったから・・・今までの経過を知っている者の責任のようなものを感じて・・・そんな思いで引き受けることにした。

 この「祭」は1990年に「第1回さだ公民館まつり」として「館」を利用する団体の主催で取り組まれたイベント。途中「館」の改装工事のため1回だけ開催されなかったが、四半世紀に渡って引き継がれてきた歴史がある。館の利用者が楽しみにし、地域の皆さんを含め大切に取り組まれてきた行事と言ってもいいだろう。

 実行委員会が始まると、実行委員企画に必要なデータがセンター資料から削除されてしまうというアクシデントや、旧職員と新しい職員が4月から入れ替わり、十分な引継ぎがなされないまま、役割分担が大きく変わるなど「祭」実行委員会の進行は予想通り非常に困難な状況を迎えた。引き継ぎの直前には旧館長と激しくぶつかり合うこともあった。
 実行委員の中でも考え方の違いや、進捗状況に不安を抱くメンバーから不満の声も聞こえてきた。
そんな中でも、実行委員会全体としては、徐々にそのペースを掴み出してきた。

 今回のテーマは「いままでと これからと」とみんなで決めた。24回分の「祭」を振り返り、このさだの地の歴史や文化を知り、地産作物を知り、今までに協賛して頂いた商店主の皆様に感謝し、次の四半世紀の足がかりにしたい。そんな思いをこのテーマに込めることにした。
データ紛失のアクシデントも、皆の知恵とアイデアと「祭」に向けた思いがアクシデントを乗り越えて、素敵な企画に仕上げる事ができた。「さだの歴史、文化」もたまたま館で出会った人を通じ、貴重な資料をご提供頂く事ができた。協賛広告方法も新たな工夫を凝らし、20店主の方々から広告料を頂くことができた。地元の農産物販売では、野菜の少ないこの時期にも関わらずご協力を頂き、テーマに沿った企画にすることができた。
 なれない新しい職員の方々からも、新しい提案が出てくるようになってきた。夜遅くまで資料作りや、図書館職員も巻き込んで人員体制に加わって頂くなどの協力体制も整えて下さった。
その他にも本当に多くの人たちに助けて頂き、快く引き受けて頂いた事が山ほどある。

 小さな取り組みも大きな取り組みも、決して一人の力では成し遂げられない。そこに集う多くの人たちの情熱。それらを包み込む実行委員会の揺るぎない意志、そして何にもまして人と人のつながり、そんな皆の思いが「祭」に向けてのパワーとなり成功に導くものなのだと。

・・・そう強く心に刻み込んだ。
No.188 - 2016/05/29(Sun) 15:49:26
「コーラス」 / gaki
 gakiがdoremiに入会した時のドレミの正式名称は「コーラス ドレミ」だった。2部や4部の合唱をしている訳でもなく、特に音楽(うた)を中心としたサークルでもなかった。どちらかといえばハイキングに出かけ、キャンプやクリスマス会などレクレーション中心のサークルだった。集団就職で大阪の寝屋川に地方から出てきた若者を集め、それこそ「一人ぼっちの青年をなくそう」を合言葉に活動していた。そんなサークルだった。

 でも色んな行事の中心にはいつもギターがあり、そのギターに合わせみんなで大きな声で歌っていたのを覚えている。そんな意味ではみんなの気持ちは、そのギターの伴奏に合わせて語られていたのかもしれない。と

 あるとき、サークルの先輩に「合唱団でもないのに、なんでドレミの前にコーラスとついてんの?」と素朴な疑問を投げかけた。
 すると先輩は「コーラス」はみんなの声、みんなが一斉に発する声なんだ、と。その声の調和がコーラスなんだ。合唱団だけがコーラスではないよ、と説明された。それ以上の説明もなく、その話は終わってしまった。
 分かったような、分からないような答えだった。でも今でもその答えはgakiの心に、耳に鮮明に残っているし、そしてなんとなく分かったような気もした。
・・・今から37年前、23歳のgakiには彼の哲学のような答えが面白かった。

 その後doremiはその時の状態に合わせネーミングを変えてきた。そして今の「サークルdoremi」がある。

 還暦を迎えたgakiは37年間そんな変化するdoremiを見続け、たくさんの楽しい思い出と、たくさんの宝物と、そして時には苦しい出来事。そんな色んな場面をイッパイ、イッパイ経験してきた。・・・多くの会員が入会し、多くの会員が去っていき、そこにはたくさんの物語が凝縮されていたと言って良いだろう。2,3人の例会や、時には30人近い人数の例会、会員同士の結婚祝賀会の曲作りの真っ最中に、破談の知らせ。みんなで思いっきり声を上げて涙を流した夜。東京のコンクールで優勝した思い出・・・
 ドレミは常に変化し続けている。でもそのことに戸惑いながらも、新しい可能性はいつも楽しみで、ドラマチックで、新しい扉を開くときはいつもワクワクしているgakiがいる。23歳の時に尋ねた「コーラス」の意味を考えながら、今もその答えを探し続けているのかもしれない。

 37年前に先輩から教えてもらった「コーラス」=「調和」は今のdoremiにも脈々と受け継がれているとgakiは感じている。
 ひとりひとりの声が分け隔てられることなく、平等に扱われ、運営に反映される。曲作りもそれぞれの個性で練られていく。そんなみんなの思いが、気持ちが、考え方が、一斉に発するみんなの声が、素敵な「コーラス」としてdoremiの魅力になりますように・・・
No.187 - 2015/11/17(Tue) 23:58:15
「還暦コンサートを終えて」 / gaki
  昨年の9月に構想をスタートさせ、1年間温めて来た[還暦コンサート]を2015年9月6日(日)に無事開催することができました。開催にあたり、本当に多くの方々に助けられ、ご協力頂いたおかげと感謝し、改めて御礼申し上げます。
初めは単なる[gakiの戯言」のように思っていた企画が、現実味を帯びたのは今年の6月。さだ生涯学習市民センターのホールをイベント予約したその日です。申し込み用紙に記入しているとセンターの方も[楽しみね!]と声を掛けていただき、[いよいよ本当にやるんだ]と気持ちが引き締まる思いでした。
 招待状を発送し、同封した返信葉書が毎日のようにポストに入っていて、そのコメント欄を読むのが毎日の楽しみになりました。どのコメントも暖かく、かけがえのない宝物がファイルに閉じられていくのを、二人して感謝しました。

 当初、何もかも[自分でやりきろう」なんていきがっていましたが、進行表など具体的な企画を練れば練るほど、とてもそんなイベントではないことが明らかになって来ます。司会や、当日の準備、運営、進行、買い出しやセッティング。当日のみならず練習や打ち合わせなどに快くお付き合い頂き、徐々にイメージが固まっていきました。

 当日は100名弱の方々にご参加頂き、[語り、歌い、奏でる]という空間を、みんなで共有出来たコンサートになったと思っています。
 旧職場の後輩から[最初プログラムを見たとき3時間持つかな]と思ったそうです。でも[あっという間の楽しい時間でした]と聞かされたとき本当に嬉しい気持ちになりました。
[こんな迷惑なイベントないで]と悪友からの声も聞かれましたが、参加者の笑いに包まれ、少し恥ずかしく、そして嬉しく優しい言葉に聞こえたのは、gakiだけでは無かったと思っています。
 集合写真を見ていると、100人全員の笑顔が素敵で、こんなに笑顔いっぱいの集合写真は今まで見たことがありません。寄せ書きや、サプライズのプレゼントなど、いっぱいの宝物が我が家に飾られています。

 そしてこの日のために準備してきた[gakidas 新しい船出の時に]還暦記念版も発行することが出来、二人からのプレゼントとしてお渡しすることができました。特に今回は母の[りんどう]を掲載し、母の代わりにみんなに頂いて貰えたことが嬉しいです。また、[りんどう」を通じ、母のことも少しは知って欲しいと言う気持ちも伝えられたと思っています。
 小学校時代の友人から、「私の母が、京都新聞に投稿されていたお母さんの事を知っていて、楽しみによく読んでいたそうよ。当日にもらった本を懐かしがって、私より先に読んでいたわ」と、後日に聞かせてもらいました。
 世の中は不思議なもので、こんなところでも繋がっているものなのだと、驚かずにはいられませんでした。
 でも人の繋がりは、単なる偶然ではないと思います。自分が心から望み発信すればそれは必ず伝わり、繋がっていくものだと思います。
 今回のイベントを開催できたこと、そして多くの方々と改めてその繋がりを実感できたこと。
gakiは本当に幸せ者だと、全ての人に感謝申し上げます。
No.186 - 2015/11/17(Tue) 23:54:06
「りんどう」を再編集して / gaki
「gakidas還暦記念版」を出版するにあたり、母の残した「りんどう」を再編集して一緒に掲載したいと思った。
 母は昭和53年から17年間、京都新聞の「こまど」という、読者投稿コーナーに投稿している。
その17年間は子育てを終え、壮年期までの人生の大切な時期の記録でもあったと思う。「りんどう」に残された文章はごくわずかだが、胸中にはもっともっと沢山の思いや願い、希望、そして不安があったと推測できる。
母は最後の投稿で『「こまど」はこころの支えでした』と書き添えている。

 その期間、親元を離れ大阪で暮らしていたgakiは、今、文章を改めて読むことによって知ることのできるその思いを、今更ながら実感出来た。そしてもうその時間は決して戻ってこないことも思い知らされた。

 文章はデータ化されていないので、一字一字キーボードで打ち込んでいくしかない。地道な作業だが、地道なゆえに、ゆっくりとしっかり読み解くことができる。
文字を打ち込んでいる時、ふと妙な感覚になった。人の文章はその人の癖があり、なかなかスムーズに打てない。文脈が予測しづらいからだ。でも母の文章はなぜかスムーズに打つことができる。正直リアルタイムで、「りんどう」は熟読していない。決して文脈を覚えているわけではいない。ではなぜ・・・・次のセンテンスや言い回しが予測できるのだ。驚く程自分の文章にすごく似ていることに気づいた。

小学校の時に作文を教えてはもらったが、ほんの何時間、何日か、数えるほどの記憶しかない。まして成人してから、教わったことなどない。でも日常の会話や手紙などから、知らず知らずの内に身に付いて来たのだろう。文章の癖とはそんな物なのかも知れない。

「gakidas」は書き始めてまだ10年。母から見ればまだまだビギナー。書き始め年齢も随分と遅い。何とか「gakidas best1」は手渡すことができたが、「還暦記念版」は残念ながらもう渡すことができない。でもこの中にはタップリと母の心は収めることができたと思っている。

出版に向けた原稿締め切り日は、もうそこまで来ている。慌てる事なく、心の感じるままに、一つ一つの想いを書き続けたい。
No.185 - 2015/11/17(Tue) 23:47:08
ご褒美 / gaki
 ドレミの会員から、「合唱団の研究生に行かないか?」と声を掛けられた。そのドレミの先輩も研究生で学び、色々な経験ができたので是非薦めたいとのことだった。
 実は彼が研究生で、gakiがまだドレミの会員ではなかった時、彼の研究生修了演奏会に誘われ観に行った事がある。
 その頃は京都から大阪に就職し、寮生活。昼間は仕事で、終われば夜間大学。建築科だったので日曜日は測量実測などの実技や現場研修などがあったが、わりと狭い世界での生活だった。

 そんな中、多くの仲間の中で生き生きとうたう彼の姿と、演奏会の実行委員長として挨拶する姿がなんとなく羨ましく、カッコよく思えた。そしていろんな環境の人たちが集まって、「修了演奏会をつくりあげてきたんだな」ということが伝わってきた。でも人見知りだった自分には、見知らぬ遠い世界の華やいだ出来事に思えた。
 
 そのことが頭の中に残っていたのか、同じ彼から「ドレミ」に誘われたとき、同じ会社の知り合いも何人かいるので、ここならやっていけるかなと思い入会した。
 今回の研究生への誘いは、ドレミ入会後半年ほどしてからの事だった。人見知りだったgakiもサークルの中で揉まれ、少しは人前でも話せるようになっていた。「僕が教えてもらった講師の先生はすごくいい先生だった。でも次期の指導を最後に、講師を辞められるそうだ。研究生に行くのなら今しかない」と背中を押された。

 1979年60期研究生に入団。「研究生は自治会を作って、自分たちで運営する。どうせやるなら自治会長をやったほうが絶対おもしろい。」「研究生に集まってくる人たちは、みんなすごくやる気のある人たちだから、自治会の話があったら一番に手を挙げないと会長になれない。」とまた背中を押された。・・・実際その話が出て手を挙げたのはgaki一人だった・・・そしてその後も先生は何期か講師を続けられたとか・・・・・・

・・・8ヶ月間の研究生生活は充実し、修了演奏会もエル大阪の大ホールを満席にして大成功をおさめた。もちろん演奏会の実行委員長もさせてもらった。そしてそこで人生のパートナーと出会うことになる。

 2015年5月31日、数名の呼びかけ人で、「研究生集合の日」を行った。7期生(先生)〜74期生までが当時のレッスン場に集まった。先生の喜寿のお祝いも兼ねての集いだ。
 通い慣れた音楽センターに集合だが、道に迷ってしまった。35年の年月はやはり大きい。

「集い」は当時を再現し、うたう会・体操・発声。先生の指揮で久々の四部合唱のレッスンを受ける。・・・・40過ぎだった先生のレッスンスタイルは今も健在で、歌っている皆の顔が輝いている・・・・。各期は各々交流を続けてはいるが、期をまたがっての交流ははじめて。各期が創作曲の発表を行い、この日のための新たな創作曲も完成した。そして次の夢も膨らんでいく・・・。

 何かを取り組むとき、何かに臨むとき、確かに大きなエネルギーは必要だ。でもそこにかけたエネルギーは決して嘘はつかない。自分を信じる限り、それ以上の大切な形にできないご褒美を感じることが出来る。
 ドレミというサークルの先輩から背中を押され、今までに頂いたたくさんのご褒美は、これからも大切に使っていきたい。
No.184 - 2015/06/02(Tue) 15:57:16
卒業文集 / gaki
 家に帰ると、住所と名前が墨で書かれている封書が届いていた。差出人を確認するまでもなく、楽しみにしていた「先生」からのものとすぐに分かった。
 先日に行われた小学校の同窓会の時に先生が持って来られた、6年3組の卒業文集「ビックリ」。物持ちの良い?gakiも引越しを重ねるうちに無くしてしまった宝物のひとつだ。集まったみんなも同じように無くしていたので、先生にコピーをお願いしていたものが届いたのだ。
 軽い気持ちでお願いしていたのに、封を開けると当時そのままにきっちりと製本してある。まさしく復活版の「ビックリ」が今ここにある。そして同封されていた手紙は、時代劇で見るような達筆の墨で書かれた「書」にもう一度ビックリ!

 一瞬何が書かれているのか読めなかったが、じっくりと書を眺めていると少しずつ読める。お渡しした「gakidas」のこと、そこから読み取っていただいgakiの人生、友人、妻、仕事、故郷、孫たちのこと、暖かく嬉しい言葉がつづく・・・。最後には文集を読んで、小学校時代の友の顔を思い出すようにと締めくくられていた。

・・・文集のページをめくると最初に詩が書かれている。

『心に太陽を持て。嵐が吹こうと、吹雪が吹こうと、天には黒雲、地には争いが絶えなかろうと、いつも心に太陽をもて。
 唇に歌を持て。軽く、朗らかに、自分の努め、自分の暮らしに、よしや苦労が絶えなかろうと、いつも唇に歌を持て。
 苦しんでいる人、悩んでいる人には、こう励まそう「勇気を失うな、唇に歌を持て。心に太陽を持て。」』
 授業で先生に読んでもらった、フライシュレンの詩だ。

  文集を読み進めると、みんなの顔が浮かんでくる。みんなの未来が、夢が純粋で、新鮮で・・。一気に読み進めた。
 みんな還暦を迎えるいい顔になっているはずだが、文集からは当時の顔しか思い浮かばない。前回会えなかったみんなに無性に会いたくなった。
  文集は更に先生方30数名の励ましの言葉が続く。給食調理室、用務員室からもあたたかい言葉が綴られている。全て僕たちの未来を信じての応援メッセージだ。
 6年3組47名が自ら考え、名前も決め、みんなの手で作られた、ガリ版刷堂々50ページの「ビックリ」・・・・文集の最後は先生からのメッセージが綴られている。

『・・・太秦から目を転じて広い世界を眺めよう・・・日本は、世界はどう動いているだろうか・・・新しい歴史を築いていく君たちの責任は重大である・・・。』(一部抜粋)

    『時々文集を開こう
 
     文集は君たちに呼びかける

     たゆみない 学習への努力を

     美しい 人の心

     そして 素晴らしい 友情を』
No.183 - 2015/05/19(Tue) 23:32:04
入院 / gaki
 平成27年2月3日、gakiは生まれて初めて「入院」することになった。年初めに受診した「人間ドック」の数値が悪かったのだ。実は昨年の数値も良くはなく、再検査するよう検査結果表には書かれていたのだ。しかし何の根拠もなく、「大丈夫」と甘く見ていたツケが今回の「教育入院」となった。

 市駅近くの大学病院に入院の手続きに行くと、まるで空港のロビーのように100人近くの人達が、キャスター付きの大きな旅行かばんを持って並んでいる。近くの人に「みなさん入院の順番待ちですか?」と恐る恐る尋ねると「私もビックリしてるんです。でも今日は少ない方らしいですよ」と教えてもらった。
 毎日こんなにも大勢の患者さんが、この病院に入院されることの事実を知り、今まで知らなかった世界の始まりを実感した。

 全ての手続きが終了し、病室に入ったのは2時間程してからのことだった。部屋は4人部屋。ボランティアの方から病室でのルールを教えてもらい、身の回りの整理をしていると、看護師さんが現れた。「昼食前に採血します」「昼食後は・・・・・」と1日のスケジュールが目白押し。入院ってもっと退屈で、時間を持て余すものと思っていたのに、結構ハードスケジュールだ。就寝時間も22時。あっという間に1日が終わった。

 朝は7時起床、1日7回血糖値を自分で測定。食事療法、運動療法などの講習を受け、1日分の尿を全て採取。各セクションから精密検査の呼び出しがある度に、広い病院内を案内標識頼りに受付へ・・・・。
 なれない忙しい入院生活も、3日ほど経つとだんだんとそのペースが掴めてくる。少しの時間を見つけては、ウォーキングも始めた。パソコンも持ち込み、毎日の検査数値を入力しその変化を見るのも楽しい。屋上庭園でギターを弾いていると、子供たちが一緒に歌ってくれ、年配の方々が話かけてくださる。
 心休まるひと時だ・・・

 ・・・ここにいるみんなは、どこかに病があり、つらい闘病生活を送っている。数値の変化を見るのが楽しいなどと書いたが、それは良くなっての話だ。一緒に歌っても、おしゃべりをしても、決して心からみんな笑っているようには見えない。将来の不安、病状の悪化、退院後も病気と付き合う生活・・・・

 でも落ち込んでも仕方ないとgakiは思っている。一緒に歌おうとする子供たちがいれば歌い、話かけてくださる方がいるなら、退院後の未来を語り、夢を語り会いたい。
 退院後はいろんな場面で制限のある生活だ。当たり前のようにしていたことが出来ないことがある。でもそれが今の自分である以上、工夫を凝らしその中で目いっぱい楽しみたい。
 できないことが悲しいのではなく、できないと思うことが悲しい事だと思う。
No.182 - 2015/05/01(Fri) 13:48:25
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