|
題名の質問に対しての林原さんの回答が「破のラストでレイがシンジに手を握られた瞬間が、私にとって超至福だった。」だったそうですね。とても嬉しい話でした。
度々失礼します、柊です。
久しぶりの鰹節ならぬ「鯖節(?)」の出し汁があまりに美味しすぎて、もうこれ以上なんの調味料も必要ないだろうとは思いますが、お忙しい中、折角ご回答下さったので、取り急ぎ少しだけお返事します。なんとも薄味のただの「頷き」であり、お恥ずかしい限りなのでくれぐれも流して頂ければ幸いです。
>最早「何回ぶんなげりゃ気が済むんじゃい」と言うのが正直な感想ですね(苦笑)
確かに。 そして改めて再考してみると横着星さんの表現を借りるなら私自身も実は「諦観」が近いのかもしれません。なにせ「エヴァ」ですし。
ただ以降の議論の論点でもありますが、私としては庵野監督って「ストーリー作りが苦手」なのはとっくに十分自覚していて、下手すりゃ最早「興味が無い、もしくは重要には考えていない」んじゃ無いか?って気さえします。例えば今回の「シン」のパンフの扉後ろ庵野さんの言葉って見事なまでに映像、演出側への言葉であって、作品によって構築した世界観やテーマ、メッセージなどには全く触れられていないですし。
なので
>整合性のある文脈の中で話を完結させられるようになってから言えやゴラ
という実に正当な意見も、庵野監督(もしくはその一派)にとっては最早「馬耳東風、柳に風」なのかもしれません。庵野監督がストーリー作りを苦手とする(もしくは好きじゃ無い)のは「庵野組」や周囲ではとっくにコンセンサスが得られている事柄なので、そこに対しては他の「整合性のある文脈」に対して拘るメンバーが手を加えていたのがTV本編であり序と破だったのかもしれません。
だからこそ今回、貞本氏だったり、摩砂雪氏だったり、以前からの作品を支えたスタッフの一部は敢えて外れたのかな?だって居るとまとめちゃうから。で、鶴巻さんは最後の保険?
一方で、今回の「シン」で、朽ち果てたケージでシンジが叫ぶ「どうしてみんな(以降自主規制:笑)って作中シンジのアスカ達に向けた叫びで有るとともに、実は庵野監督の周囲に対する叫びだったかのようにも思えました。 彼は彼なりに頑張ろうとしたのかもな、とか、「村編」はその現れなのかもしれないな、とか。(でも「村」のそもそもの発想は庵野さんでは無いような気もしますが。)
とはいえ、結果としてやはり、
>「十分に時間をかけて前とまんまおんなじことやる」
となってしまった感は否めませんね、それでも「別の文脈も模索したけれどやっぱり無理だった」なのか、それとも最初から「映像作家=庵野秀明というブランドとしての表現手法」を選択した結果「まんま同じことを手間を掛けて最新の映像テクニックで」となったのか、どちらか?なのがわからないな、って感じです。
で後者だった場合「安易にそれを許容してしまう事」を鯖さんは危惧されているのかな?と思うのですが・・・あ、まさしく俺のことか>裸の王様症候群ってことですね!?(笑)>横着星さん
でも、まぁ、少なくとも「シン」はシリーズが当初目指していた「エンターテイメント作品」では無いと思います。 そしてその辺りが「エヴァ」って作品が本来持つ「胡散臭さ」だと思います。 なんとなく知的な匂いがするけど、本当はそんな立派なもんじゃ無い、って言う感じ?映像表現は凄いけれど、ストーリ性が軽いから「説得力」が薄いし。 でも、だから二次創作し易い、ていうことだったのかもしれませんが。
そういえば来週月曜のNHKでこの4年間の庵野監督の追跡取材を放映するらしいですが、それをみるとこのあたりのことは少しわかるのかもしれませんね。でも、もうレイの運命は変わらないけれど。
さて、一旦ここまでとさせてください。 「村の話」とか「やっぱり泣けちゃう」とかのレイの話はまたいつか。
あ!一つだけ! 「綾波は綾波だよ」って言葉の意味、公式の方々よりネットの綾波者の方々の方がよほど真剣に考えてたんじゃないか?って気がしてます。
To 鯖さん
dis編その他、急かしたみたいで申し訳ありません。楽しみにしておりますが、どうぞのんびりお書きください。 ありがとうございます&今後ともよろしくお願いします。
To Hoffnung さん
>「現実の女は説明なんてしてくんないんだよ」 >「現実の女に説明なんて通用しないんだよ」
もしよろしければ、どのあたりから上記の感想/印象を持たれたのか、急ぎませんので、いつかご教示いただけませんか?ちょっとピンと来なかったので。 すみません。
失礼します。
|
No.52 2021/03/19(Fri) 22:27:10
|