|
んですよね、この物語。だけどまぁ「もてはやした側」は「SFとかどうでもよくて寧ろそっちを期待してる」様な層になっちゃって、其処に深刻な齟齬があったようにも思います。こっちは「SFが見たい」。彼等は「ケータイ小説的な私的トラウマの話がしたい」(苦笑)
「綾波レイの物語」も本来「エヴァがちゃんとSFにならなくちゃ」旨く回らない性質のものなんですよね・・・(今回も一人の少女の生と死、という意味では村パートで何とか描き切って見せたが、レイと言うキャラクターの持つポデンシャル、例えば
「原初の女神リリスの転生として生まれた少女が人やいきものの営み・生まれた世界そのものを慈しむ事を知った時、彼女は決断を担う少年に何を託すのか」
みたいなドラマのコアな部分は「全く出来て無い」訳なんですよねえ…SFじゃなくてケータイ小説だから♪
>二次創作・モチベ
…すごく嫌な事言うと、作品の消費層・市場が「昔より更に劣化してる」ってのが今のヲタク界隈の現状と言う気はします。そこで「クオリティを認められる作品を書いてやろう」と考える観客がどれほどいるか、と言うのは微妙な気はしますね。LAS人さん達は基本そう言う「クオリティ」とは別次元の住人ですのでそこらは関係ないのかもしれませんが、「ケンケンインパクト」の後ではねえ…
彼等がどんなシンジを書いた所で「あの実に成熟したいい男」の前にはどうしたって見劣りがしますもの(苦笑)やっと、物語の文脈の中で「安住の地」を見つけたアスカさんを今更「キモチワルイ」に引き戻すの?流石に酷でしょ…とはやっはり思います(苦笑)
元々アスカにアレルギー起こしがちだった小生が「彼等の関係性」を見た時は普通に「良いねえ…大人の信頼関係。こういうアスカは悪くないね」と思ったほどですもの(笑)Qでは見えなかった「大人になった彼女」の顔が見えた。其処は素直に評価してます。
>叫び
…解ります。長年アヤナミストやってますし最早「レイs(複数形)」は「惚れた女」から半ば「愛娘」というポジションへとシフトしてまいります。
エミリア(リゼロ)を見守るパックの心境です(笑) 故に「わが娘」があんな目に遭わされたならば「世界のすべてを凍結させて終焉を迎えさせてやる」と当然思いますよ、そりゃ…(汗)シンジにも「愛想が尽きた。とりあえずスバル辺りと交換してこよう」<をい。と言う感想すら抱きます♪
綾波者にとって彼女は最早「自身のアニマ」そのものです。特に小生の様な「リアルでは実質女嫌い」みたいなのを自認する様な人間にとって、彼女の存在は「女性や人間社会への共感性をつなぐ数少ない紐帯そのもの」と言っても過言ではありません。レイが「心の中で生きている」からこそ「現実の他者としての女性等にも思いやりが持てる」みたいな部分がどうしたって出てきます。
それを企図して「観客の心の中から抹殺しよう」とするなんてのは「テメエの血は何色だゴラ」と言いたくもなる所業だと思う訳です。庵野ちょっと屋上来いやゴラ♪
しかし、ただ「終わりにしよう」とするだけではなく「その直前にああまできっちり、『そうだよ、これがレイなんだよ。彼女はこういう娘なんだ…』というのを見せてから」やると言うのが「余計に許せない」。
あの、「他者への愛にあふれた少女」があのままあの村で生き続ける事が出来たならどんなに素晴らしかったろうか…とね。(そして「あんたのシンジに対する執着は人工生命としてのレイのパーソナリティ設計の結果だ」とアスカに言われたレイが「それでもかまわない」=原因は兎も角この気持ちは本当のわたしの物だから、と言いきった時の気高さよ…)
それに対して、残念ながら終盤に出てきた「旧作における二番目のレイ=我々が元々知っていた綾波レイ」は、略「EOEにおけるインナースペースのレイ=シンジの自我の一部がレイの形をとったもの」と大体同じような「半ばキャラクターとしての役割を放棄した」レイでした。彼女が「そっくりさん」と呼ばれたあの娘や「第三新東京市で生身をもって暮らしていた頃」の様な「人としての情動」を見せる事は無かった…実に残念です。我々の知っている「あやなみれい」が最後に登場した場面は、やはりあの「村」だったのです。
そこで物語は「断絶」している。シンジが行った「再生」の約束やラストシーンで見かける「レイに良く似た娘」の姿も結局は「その延長」でしかない…
叫ぶしか無いですわね。「これで三度目だ庵野さん。アンタに愛娘を殺されたのは」ってね…
とりあえずこの辺りで(汗)
disはもう少し「纏めて」書かせて頂きたく(汗)
|
No.43 2021/03/16(Tue) 20:59:11
|