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沙慈に対する刹那の「自分が幸せならいいのか」って答えは ちょっと論点ずらしですよね(笑)。刹那がわざと論点を 外して答えるとか言う技術を使うとは思えませんので天然なの でしょうが、いずれにせよ、今現在確固として存在する幸せを 他者が何の脈絡もなく蹂躙していいという理由付けには全く なりませんから。そういう意味では沙慈のほうが正論ですが、 刹那だけではなく沙慈もその辺をきちんと整理しているわけでは ないらしいことが、言葉に詰まったことで分かります(笑)。 まあでも、刹那にはあまり自己正当化をしてほしくないとは 思いますが。自らの行為が許されないことであることを自覚した 上で、それでも揺るぎない信念の上に立っている姿を見てみたいと 思いますね。 怒りの沙慈だけでなくマリナにも悲しみという形でその行動を 否定されてしまった刹那ですが、彼自身の行動をそのまま 受容してくれる人はなかなかいないのでしょうかね。 戦いの中に生きる刹那の、その生き様自体を、何のためにという 目的は別にして認めてくれる人は、もしかしたら皮肉にも サーシェスしかいないのかもしれません。 [No.427] 2008/10/24(Fri) 21:30:30 |