一瞬の命を想う

Please imagine a momentary life.

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(No Subject) / 武田信玄
はじめまして私も偶然絶対的という単語を検索してきてしまいました。

メインページの顔写真はしずちゃんでしょうか?

わたしも百合ゆりさんのようにショックをうけました。
ですが、現実と非現実を感じるようなそんな感覚を覚えました。
ではまた。^^/

No.31 - 2006/07/17(Mon) 13:11:18

Re: (No Subject) / 早川
武田信玄さん、感想有難うございます。
しずちゃん、、。思いもしなかったけど、云われてみれば良く似てますね。ジュジュビ〜ジュビジュバア〜ですね。

僕の中にリアリティーは在るのか?
生も死もわからない僕の表現に、どんなリアリティーが在るのか?
夢の中にいるような僕です。

No.32 - 2006/07/17(Mon) 22:04:24
はじめまして / ゆり
はじめまして。
たった今偶然このサイトへ飛んできて写真を拝見させて
いただきました。

正直、写真を拝見させてもらっている間、恐怖に近いような不思議な感情を抱きました。
街のいろんな所に生と死が普通に混在してて、でもそれは普段私たちの目には見えていなくて、
早川さんの写真のなかには、それらがはっきりと写りこんでいるんじゃないでしょうか。
だから恐い、と思ったのかな。
こんな風に写真に「生と死」を閉じ込める事は難しいことだと思います。今までこんなに強烈に「死の恐怖」をみせつけられた写真は見たことがなかったので感動(すいません何か他に言葉が見つからなかった・・・)しました。

小学生の作文みたいな事をつらつらと書いてどうもすいません(^^;
また拝見させてもらいますね。

No.29 - 2006/01/02(Mon) 02:24:48

Re: はじめまして / 早川 [ Home ]
ゆりさん、あけましておめでとうございます。
写真見て頂いてありがとうございます。感想も頂いてありがとう。
怖い思いにさせてすみません。僕の年代では(1950年代生まれ)、子供の頃から死は身近で、あたりまえに、生活の流れの中で受け入れられて来ました。じいちゃんばあちゃんの死。近所の人の死。見ず知らずの行き倒れの死。そんな死を子供も大人も人々は必ず自分の目で確認して、死を理解しようとしていました。だから、そんな僕の中での死のイメージには、今のこの清潔な社会を生きる人々が持つ死のイメージには多分無いだろう、臭(にお)いが付いています。臭いは人間の想像力を刺激します。だから、嫌な臭いを排除する事が清潔と思い込んでいる今の人間には想像力が欠落しているかも知れません。
こんな話をして、またゆりさんを怖がらせたかもしれませんね?世界のあらゆる死の「理由」と、生の「意味」を想像しましょう。想像力のない人にとって人の死は、動物としての死でしかないかもしれません。

No.30 - 2006/01/02(Mon) 16:45:58
無力な思想 / 早川 [ Home ]
詩写真「死は此処に在る」を更新しました。
長い間、リョウジさんの書き込みへのお礼も書かずに失礼しました。リョウジさんの心遣いに感謝します。
僕はずっと考えていました。児をCENSORED親、親をCENSORED子、の事を。
「児をCENSORED」とは、「親をCENSORED」とは何だろう。

僕の父は酒乱で、子供の頃の家庭は、父親の絶え間ない暴力と、僕や母が流す血の匂いのする壮絶な生活でした。
ある日、泥酔して帰った父を、母と二人で布団に寝かせる時、僕は母に「こんな奴、CENSOREDしまおうか!」と、云った事があります。あのとき、本気でそんな事を云ってしまったのか憶えていません。そのとき母は、哀しい顔をして何も答えませんでした。僕はただ切なくて涙が出るばかりでした。14〜15歳の僕には母親の哀しみの深さなど分からなかったのです。あれから数十年、今でもあの時を忘れる事はありません。母も父もいなくなった今、僕の中の「死」は、益々重くなります。

僕たちは、他人の死と命の哀しみをどこまで理解できるのでしょうか?
一瞬にして消される幼子の命を知るとき、僕たちの無力な思想は何処に逃げるのか?
そして、そんな僕たちの命にどんな尊厳が在るのでしょうか?

リョウジさんのホームページにまたお邪魔します。

No.28 - 2005/09/18(Sun) 17:53:08
(No Subject) / リョウジ
お久しぶりです。写真の感情のサイトを経営してるリョウジです。久しぶりに来てみて、改めて早川さんの写真の魅力にとりつかれました。人間の生と死、写真に込められた感情がプンプン匂ってます。クリックするたびに
緊張感が漂うのは早川さんの生き様が写真に反映されてるからでしょうか?最後まで見てないけど(写真を見るのにパワーを使います)続きを楽しみに、また訪れます。

No.27 - 2005/07/07(Thu) 20:42:09
(No Subject) / りん
ごめんなさい
素敵な写真もあるのに
正直怖いです
何と言うか、安心して見られません。
グロさを狙うならそれだけに
叙情的な作品を狙うならそれだけに・・・
統一されてなくてどうかと思いました。
生意気言ってごめんなさい。
率直な意見でした。

No.26 - 2005/06/18(Sat) 22:17:33
叙情を語ろう! / 早川 [ Home ] [ Mail ]
「夕暮れに死のう」No,1の写真を替えました。
 ・・・
この人を知らないかな?
力尽きて其処に倒れている彼を、君は何処かで見かけなかったかな?
過去を棄ててもなお、生き続けなければならない彼の哀しみを、君は知らないかな?
・・彼は今、静かな息に変わった。もう彼は、哀しい叙情を語れない。
ねェ!君の中に彼を見かけなかったかな?哀しい叙情を語れなかった彼を、、。
僕が語ろう、短くも哀しい彼の叙情を。

No.17 - 2005/04/06(Wed) 14:38:43
身体と衝撃 / 早川 [ Home ]
「夕暮れに死のう」 No18を差し替えました。この写真は、ヨコハマ、JR石川町駅、中華街方面降り口前の、ある日の一瞬です。左奥に写っている建物は数年前に建つた葬儀社です。写真の右方面に少し歩くと寿町があります。そこには、監視カメラに覗かれながら、1日を生き延びるために命を切り刻んで生活している人々がいます。
駅を境にしてこちら側には、薄っぺらな甘い匂いの元町と、生温かくまとわり付いてくる食物のクドイ匂いに溺れながら歩く原色の街、チャイナタウンが在ります。そこでも、監視カメラは人々を平等に記録しています。
僕たちの身体を記録し続けるカメラ。身体と生理を記録される僕たち。もう僕たちの身体にリアリティーはない。記録される光と影の中でしか僕たちは肉体の衝撃を感じる事ができない。
・・・
これが、この一瞬の記録を残した時の僕の中の衝撃でした。

No.16 - 2005/04/01(Fri) 18:53:59
更新 / 早川 [ Home ]
「夕暮れに死のう」No,26・30・44の写真を替えました。すべてフィルムで撮影したものです。
フィルムはカラーがコダックとコニカですが、やはり、コダックの方が街や人を冷たく色付けている感じがします。ちなみに、異様に白い歯のタレントが笑っている、AEON、のポスターの写っている方が、コニカです。(No,44)
No,30は富士のNEOPAN-100です。

No.15 - 2005/03/30(Wed) 20:00:26
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